「居酒屋来てまでゲームか、そんなに面白いか?」
お通しに手をつけずにアカネは熱心にスマートフォンと格闘している。最近では大衆居酒屋でも客がカウンターでスマートフォンと睨めっこしている、そんな光景にももう慣れた。いまさら店員とコミュニケーションを、という気にも慣れない。
「ちょい待っててな。さっきフェスが始まって仲間とクエスト攻略してんねん。詫び石も溜まったしカンストまでもうちょいやわ。」
フェス?クエスト?カンスト?40代のオジさんには理解しがたい単語が続く。歳をとると一回り離れた女性と話すことも困難になっていく。これがおじさんになるってことだろうか。
「ええか?これがガチャっていうやつやねん。」
アカネは急にゲームの解説を始めた。どんな女性も男の話の腰を折るのが好きで、そして唐突に自分の話をしたがる。男のプライドをへし折ることを本能的に無意識に行う。鮭が故郷を目指して川を登るように、ペンギンの子供がコロニーで母親の鳴き声だけを聞き分けるように、生まれたての子馬が誰に教わることなく立ちうとうとするように。そんなことをこの歳になって(ようやくと言うべきか)理解できた。それが成長と呼ぶのか諦めと言うのかは分からないが、人は変わるもの、そういうことだ。
「ガチャっちゅうのは基本、金がかかんねん。カキンって言われやつや。でも毎日一回だけ無料で引くこともできんねん。有料と同じやつやで?それがたまに当たりがあたんねん。お金出さないとあかんヤツがタダで手に入るねん。馬券を無料で手に入れてそれで大穴を当てるようなもんや。それがめっちゃおもろいねん。」
「たしかにそれは面白そうだな」
競馬はやらないが大山競馬場のあの雰囲気は好きだ。
「せやろ?でな、ここからさらに面白くなるねん。ガチャでひいたキャラはそのままじゃ全然使えんへんねん。まあ、ザコキャラちゅうわけや。でも自分で育てんねん。苦労してクエストやらダンジョンやら色々な。そしたら強くなるねん。レアキャラよりも。そうすっとむっちゃうれしいいねん。なんちゅうか、自分で育てたっていうのが愛着出るんやな。」
アカネは鼻の穴を大きくして語っている。まるで自分で作ったゲームのような語り口調だ。田中串カツの紅生姜串を頬張り、二度漬け禁止の大阪流串カツを黒ホッピーで流し込み、そしてタバコをくゆらす。アカネの母親もちょうど同じような飲み方をしていたな、とふと思い出した。
「あたしな、なんかものを育てるっちゅうのが好きなんかも知れん。昔、縁日で買った金魚をコッペパンぐらいに大きく育てたことを思い出したわ。そういう人の好きなこと、フェチっちゅうかな、そういうのを叶えてくれるのがゲームなんよ。」
「だったら、ゲームクリエイターになればいい」
「せやな、そんなんなれたら最高やわ。ああ、でもうち勉強できんからあかんわ。パソコンとかよーわからんもん。」
「この画面の先にきっとめっちゃ頭いいクリエイターがそれこそ鼻血ブーなるまで考えてゲームの企画やら考えてんねん。よおわかはんけどうち、そういうの伝わるんよ、画面からこう、ガーっと熱い思い?熱意?そういったもんが伝わってくんねん。そうするとこっちのハートもなんか熱くなるんよね。クリエイターさん、今日もありがとうございますってそんな気分になるんよ。お兄さんはそんな気持ちになったことないいん?」
「おれはもうそんな歳じゃない。大人になるっていうのはそういうことさ。なにかに熱くなったり夢中になったりするのは若者の特権さ。」
「お金は今日はええで。この前散々イイ肉をご馳走してもらったさかい。あんたも収入少ないんやから散財したらあかんで。」
生意気なこと言う、が、しかし正直助かった。今週は出費が多くて金欠だったのだ。
父親の代わり、という役目も色々と苦労があるのだ。