武蔵小杉は6つのタワーマンションに囲まれた駅だ。六芒星を形作る位置で建てられたそれは、グリフィス、ラオーン、シヴァ、メルカリオール、バハムート、ラムゥという神話に登場する召喚獣の名前が、各一階のプレートに刻まれている。グリフィス09はその名の通りグリフィスタワーの9階にあるフロアでこの6つの聖域の中心に位置しており自治体と「三賢者」と呼ばれる秩序を守る「超高度な自治」を担っている。6路線が交わる武蔵小杉には17万人の国民が生活しており、およそ半分以上が都内または横浜方面へと通勤している。「超高度な自治」とは政府機関から特別に移管された権限であり、この区域では特別な法律が機能することになる。
武蔵小杉は国政と別の選挙があり三賢者を住民で選ぶことができる
移住権
国籍、性別、年齢を問わず、移住が認められるが殺害されても日本の法律が認められない。
参戦権
銃、および刀の所持を認められ、「対国家転覆組織」に指定されたものは令状なしに殲滅することが可能、ただし個人的な思想で殺人を犯した場合は禁固刑になる。
かつて鬼門と呼ばれる、外からの邪気を防ぐための防衛機関であった武蔵小杉は、現在では外圧や外交などから日本の治安を阻止するための最終防衛地帯として機能している。有事の際にはテロ組織との交戦を想定しており、6つのタワーマンションは地下へと潜ることが可能である。わずか1分ほどで沈没する(沈下、とよばれる)機能は三菱電機によるエレベーターの機構を応用した技術で世界ではドイツと日本しか実用化されていない。
「グリフィスタワー、ようやく完成しましたか。おめでとうございます」
「遅れに遅れた【エックス】もようやく実用段階と言ったところだ。私もようやく肩の荷が降りるよ」
「三賢者も安堵と言った表情で、機能は珍しく本社に戻ったそうですよ、汚名返上と言ったところでしょうか」
「老人もゆっくり眠ることができるだろう。また計画が、遅延すれば経済産業省も黙ってないだろう。そうなれば私の首ひとつでは足りんよ」
203X年に発生した、政府のサーバー「エニグマ」に対する同時多発不正アクセス事件、通称「武蔵小杉ハッキング事件」は国の国家機密がわずか30分で流出するという事態を引き起こした。
宇宙エレベーターは武蔵小杉グリフィス99(通称、ダブルナイン)を発進して時速200キロに達した。小坂は宇宙酔いと呼ばれる目眩を感じながら眼下に見える成層圏を眺めていた。
「薬は飲まないのかね?」
「18の時に手術は行ってますので酔い止めは不要です、が、流石に不眠が続くと辛いですね」
夜明け前までレポートを執筆していたため、睡眠が十分と言えない。ヘルスチェッカーがアラートを出しているので右上がチカチカといたい。
「そうか、きみは【ゼロ世代】だったね」
小坂の長いまつげがパチパチと揺れる。男から誘惑されるほどの色気が彼にはあった。白魚のような手と、抱きしめたら折れそうな細い腰、透明な肌、女より女らしいとは上層部でも有名な話だった。彼女はいないらしい。女遊びに飽きた部長らが誘っても簡単にはなびかない、それが男どもをより、惑わせた。罪な男だ。