Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

サイコプラス(小説版)

01_ゲームスタート


改めてハイ・テクノロジーの進歩を感じる時がある。2122年、トーキョーのタヌキ山公園、人の動きを感知するセンサーが配置され木々たちを美しく照らす。24時間ドローンが公園を監視し、ネットワークに接続されたカメラが侵入者を検知する。都市の緑化計画により、都市の20%以上を木々で覆うことが義務化されて久しい。


深夜の散歩はフードを深く被り、「緑色の髪」が目立たないように気をつける。本当はカラーコンタクトをして緑色の目も隠したいのだけど、お金がなくてやっていない。大学になったらやってみたいと思っているけど、今はその勇気が出ないでいるのだ。父親も祖父もそのずっと上の先祖も、誰一人緑色の髪と目で生まれてきた人がいないのに、なぜか僕一人だけ突然変異として生まれてきた。綿貫緑丸、それが僕に付けられた名前だ。名は体を表すと言うけれど、こんなのあんまりじゃないだろうか?でも、そんなこと言ったってしょうがないか。


 * * *


深夜の公園散歩で思考を遮ったのは公園で座っている人が視界に入ってきたからだ。こんな時間に深夜で、一人、しかも女の子、しかもとびきりの美少女だ。ゲームをやっている。モバイル通信デバイス「Touch」だ。世界で一億台以上売れ、品薄で社会現象にもなった。ゲーム好きのオレも当然持っている。タッチパネルとコントローラー、ワイヤレス無線、音声入力デバイスを装備しマスコミは「軽自動車の形状をしたスーパーカー」と称賛するほどの高機能を持ち、軽く早く、そしてなによりも「壊れにくい」。子供向けデバイスは壊れないことを前提に作られているのです、と開発者が意気揚々とインタビュアーに説明し、Touchを戦車に踏ませ、それでも起動できるとアピールしていた。その紹介動画はSNSで拡散され、よくトレンドに取り上げられているのがネットニュースになっていた。

「何?」

不意に声をかけられびっくりした。あまりの容姿の美しさに見とれていたのだ。失礼な話だ。

「いや、人がいるなーっと思って」

「そりゃ公園だもの、深夜だって人はいるわ」

「ごもっとも」

黒く長い髪、細い手足、フランス映画で出てくる王女を連想させるほどの気品が身体中から漏れている。そしてどこかにトゲ、いったいなにに怯えてるのだろう?いや、深夜に人に話しかけられたのだから、あるいは当然か。

「あのー、君は何をしてるの?こんな深夜に」

「見ていればわかるでしょ?ゲームをしてるのよ、センサーに感知されないように」

「センサー?センサーってこれのこと?」

言いながらライトセンサーを刺激し、光を樹々の緑色に照らし出す。2000年以降、急激な温度上昇に対応するため世界は脱炭素へとシフトした。その影響を受けセンサー技術は鰻登りに飛躍する。トイレも部屋のライトも人の動きを感知してオン・オフされ、その情報はセンターに逐一報告される。高度に管理された社会、それが気持ち悪いっていう人がいることも勿論知っている。彼女は多分そういう類の人達なのだ。テクノロジーが急激に発達すると、それに対応できない人達も当然生まれる。

「私はコンピュータに負けたくないの。センサーに感知されない間は私はコンピュータに勝っている。ゲームもそう、クリアした時に私は勝ち、できないときは負け」

ゲームをクリアしたら勝ちで、クリアできないと負け?所詮はゲームデザイナーの難易度設定によるものではないだろうか。そう思ったけど口にするのはやめた。

「ふーん、ユニークな考え方だね。それじゃあ失礼するよ、ゲームの邪魔したら悪いし」

「ねえ、あなたの髪ってなんで緑色なの?」

触れられた!大抵の人は気を遣ってこの話題には触れないのに、なんて大胆な人なんだ。

「生まれつきなんだ、突然変異ってやつ。大学病院にも検査してもらったけど原因不明。変だよね」

「ううん、綺麗な色だなって思って」

「綺麗だって?小説のアンネだって、緑色の髪は気持ち悪いって言ってたよ」

「あれは違うわよ、たぶん人工の色で染めた色だからそう思うのよ。自然で緑色になっている自然植物の色ではないのよ」

(着色したからだって?逆じゃないのか?自然の色でできた髪の色、だから気持ち悪いんじゃないか)


人に気持ち悪いと言われる、避けられる、慣れたなんて周りに言ってるけどあんなの嘘だ。いつだって傷ついている。

「もし、帰るなら後ろの道を通っていいわ。私だけが知ってる秘密の道なの。それならセンサーに気づかれずにすむわ」

オレはセンサーに感知されてもいいのだけど・・・まあいいか、人の親切は素直に受け取るものだとネットに書いてあったような気がする。

「ありがとう、また会ったらゲームでもやろう。こう見えてオレ、ゲームが得意なんだ」

「そうね、私は大抵ここにいるから見つけたら声をかけて頂戴」

「さいならー」

裏道をガサガサとかき分けセンサーを避けて家路へと急いだ。綺麗と言われたのは初めてだ。自然と家への帰路が早くなる。心が急げ急げと急かしてくる。


 * * *


朝7:00、憂鬱な月曜日ーーーー都内でも有名なマンモス校である、私立豊臣学園は3つのタワー校舎があり、1学年20クラス、学生寮も併設され全国から様々な学生が集まる。ちょっとしたショッピングモールもあり、片田舎の街の機能を凌駕するほどの設備が存在する。これだけ大きい学校になるとオレのことを見たことのない学生も多く、緑色の髪を見て驚かれることもしばしばある。しかしそんなことも慣れた。慣れるってことが人類の強さだと、生物の授業で習ったような気がする、気のせいかな?

「よお、緑丸。お前は目立ってて見つけるのが楽だな」

声をかけてきたのは親友の東田だ。骸骨好きの変なやつ。僕が言うのも奇妙だけど、奇人、変人というのはこいつのためにあるようなものだ。校内でも目立った格好をしていて、緑色のオレが霞むほどだ。校風が緩やかなことがこの学校のいいところだが、社会に出てまともにやってけるのか、人事ながら心配してしまう。

「女の子に見惚れているとアホそうな顔に見えるぞ、ガハハ」

そしてもう一人、どう見ても40にしか見えない老け顔の通称「センパイ」これでもれっきとした16歳だがあまりに老けていてよく先生と間違われる。女子の観察が好きで、写真を集めては、夜な夜なランキングをつけている。東田もオレも本名を知らない。こいつらって見た目も性格も変だけど、人を偏見な目で見ないいい奴らだ。ゲームをしたり授業をサボったり、時に先生に怒られたり。そういうのは一緒にいる誰かがいるから楽しいのだ。

退屈な授業中、ぼーっとしながら外を眺めると女子が運動をしている。あまり良い趣味じゃないけど、ついやってしまう習慣だ。その中で誰が一番綺麗な子か考える。一人、抜群に綺麗な子を見つけた。どこかで見たことがある女の子だと思ったら、公園で出会ったあの子だ。髪が長くて足が速い。オレと一緒の学校だっただなんて!

「あの子は水の森雪乃(みずのもりゆきの)、緑丸、気に入ってるのか?ガハハ」

突然、思考に割り込み、センパイが邪魔をする。

「ここに取り出したるは、秘密の美少女メモ」

そう言ってタブレットからメモアプリを起動する。人の気持ちを考えずに喋るのがこの人の悪い癖だ。

「センパイ、これって」

見ると女子高生の写真とスペックをまとめたWikiだった。ルックス、彼氏あり・なし、好きな食べ物・・・etcここまで細かいと男のオレでも流石に「引く」。

「ここにある通り、水の森ちゃんはルックス、頭脳、運動どれをとってもスコアマックスとパーフェクトガール。ついたあだ名が“電脳少女“。」

「電脳少女?」

「よくわからんが彼女目的で近づいてこようとする男子にはゲームで勝負するらしい、それでゲームに勝つことができたら、晴れて水の森ちゃんとお付き合いできると言う」

「なんでまた、そんな勝負を」

「わからん・・・ゲームに負けたくないと言うのが彼女の口癖だ。過去によっぽど嫌な思いをしたとかもしれん。元カレがゲーム好きで相手にしてくれなかった、とか」

「あり得る話だな」

東田も会話に入り込む。彼女を一度も作ったことがないくせに、恋愛話だけはいっちょ前な意見を言ってくる。どうせネットで得た知識なくせに。

「男ってのはバカだからな、ゲームに夢中で、彼女をほったらかしにして別れたってよく聞く話だぜ」

「それ、ネットで得た知識だよね?」

「う・・・まあ、よくわからんが水の森ちゃんはあきらめろ、お前には高嶺の花だ」

「誰も狙ってるだなんて言ってないだろ、ただ・・・」

「ただ?」

「綺麗だって言ってくれたんだ、おれのこの髪を」

「何!水の森ちゃんと会話したのか?いつ?どこでどんなシチュエーションで!」

「言えるわけないだろ」

「友人同士でそーいう隠し事は良くないと思うぞー、シクシクシク、36」

東田はそう言っていじけた。軽そうに見えて意外と嫉妬深い、知人のことはなんでも知りたがるやつだ。


放課後、学校から解放される瞬間、ソーシャルゲームを東田とセンパイとやったり、買い食いするのが俺たちのルーティーンだけど、今日は東田がゲームを買いに行くと言うので、繁華街「クレイモール」へ足を伸ばす、カラオケ、コンビニ、本屋、ゲームセンター、ドラッグストア、そしてあやしいゲーム屋が乱立するこの街は全てを受け入れてくれる。人が目立つ家の近くより、ここの方が緑色の髪が目立たなくて好きだな。かつてタピオカ屋だった店もパンケーキやアフタヌーンティーを出す店に早変わりしている。過去は消え人々は今だけを見ているようだ。この街に来るといつもそういうことを思う。ゲーム屋あきんどはダウンロードが主流になった現代のゲーム業界でもレトロゲームやフィギュア、カードを売り捌いて鎬を削ってきた。今や絶滅危惧種のような存在だ。中には法律スレスレの怪しい商品もあり、中高生から金を巻き上げている。

「おれ先に帰るけど?」

「まてまて、一世代前に発売されたゲームが投げ売りされているぞ、ファンタジーファンタジー、メルクル冒険の謎、スーパーファイターex、クソゲー奇ゲーの宝庫だ」

クソゲーをやる趣味はないのでまったく共感できないのだが、東田とセンパイはゲームを漁り続けている。その中に1つ。気になるゲームがあった。

『サイコプラス』

ゲーム名だけの真っ白でシンプルなパッケージ、会社名も書いてない、もしかしたら大学生が作ったインディーゲームかもしれない。少人数で作ったタイトルがアングラ界では人気で、表現が際どいものや、精神病を扱ったジャンルが最近話題になっているのは知っている。

(300円か、安いな。今月まだお小遣いあるし買っちゃおう)

「ゲーム、一点になりますね、レジ袋いります?」

「いえ・・・」

好奇、憐れみの目で緑色を観察される。障害者と美女は常に他人の目に晒されると言われるけど、オレもその一人だ。きっと水の森ちゃんもオレなんかと一緒にいたら嫌な思いするだろうな。

「店長、こんなゲームってありましたっけ?」

「どうだろうなあ、いろんなもの買取してるから一つ一つチェックできないよ。昨日も徹夜で在庫確認したんだけどね」

 


夜に眠れない日々が続く。もともとネットやゲームをして夜更かしをするのが好きだけど、3日も続くとこれは病気だ。彼女のことを考えるとモヤモヤする、ゲームで勝負して、負けて、それでゴリラみたいな男と付き合うことになったらどうするんだ。いや、イケメンと付き合ってもそれはそれで嫌だけど。深夜2:00ーーーあと5時間ぐらいで学校に行かなくちゃいけない。そういえば夜の散歩、しばらく行ってなかったな。水の森ちゃんがいるかもしれない。あんな無謀な勝負辞めさせることができないだろうか。他人事だけどなんとなく気になる。

 


・・・

 


ガサガザ...水の森ちゃんに教わった、センサーに気づかれない「秘密の道」を使い律儀に守るオレ。

「こんばんわ」

男から声をかけるのが礼儀と何かで書いてあったような気がするので思い切って声をかけてみた。少し声がうわづってたと思う。

「秘密の抜け道を使ったのね、緑君」

「名前は綿貫緑丸っていうんだ、安易な名前だよね」

「そうね...でもそれはその名前をつけた親が悪いんだわ。あなたの責任じゃない」

「君は水の森雪乃でしょ?」

「あたし、まだ名前を名乗ってないわ」

「学校が一緒だったんだ」

「ふーん」

意を決して要件を切り出す。告白したことはないけど、みんなきっとこういう気分なんだろうな。

カチーーーー感知センサーを技と反応させて、演出させる。役者にライトが降りるように。

「突然だけど、勝負を申し込む」

「へ?」

「僕とゲームで勝負してほしい。聞いたところによるとゲームで対決して、負けたら恋人になるらしいね。僕が勝ったらそんなことはやめてもらう」

「なにそれ?あなたも私と付き合いたいっていう口なの?うんざりだわ」

「違う違う、そんなんじゃないよ」

ふりふりと手を大袈裟に振る。しまった、警戒されちゃったかな。

「そんなんじゃなくて君が、秘密の道を教えてくれた親切な人だから、変な男と付き合うんじゃないかって心配なんだ」

よし、昨日、東田と作ったシナリオは完璧だ、ここまで不自然な点はないよな?

「私は誰にも負けないわ、まあいいわ。そういうことなら勝負しましょう。ゲームは何?アクション?シューティング?RPGなら時間がかかるけど」

「ちょうど中古ソフトを買ったばかりなんだ。サイコプラスっていうゲームなんだけど知ってる?」

「いいえ、全く聞いたことないわ」

「実はオレも未プレイなんだよね、だからジャンルがなんなのかわわからない」

「あなたバカねー、自分が得意なゲームなら勝てる確率が上がるじゃない」

「でも、それって卑怯っぽくない?」

「律儀ーー」

カチーーー、持ってきたTouchにサイコプラスのカートリッジを差し込む。白と黒のシンプルなオープニング、ドゥーーーウウンと低重音のサウンド、それはまるで土星から送り込まれた謎のモノリスを連想させた。

「何何、サイコプラスへようこそ、このゲームは超能力をテスト、および向上させる教育プログラムです」

ポリゴンで描画された女性アンドロイドこのゲームの趣旨を読み上げる。抑揚のない、でも心地よい声、まるで母親の体内にいるかのような安心感だ。受付アンドロイドは女性と設定というのはSFでは当たり前の前提だ。きっとどこか人を安心させる能力が、女性という性にはあるのだろう。それを母性と言うことをオレはまだ知らない。

「レッスン1、まずは木を動かしてみましょう?なんだこりゃ」

「何よそれ、怪しいソフトね、ちょっと貸してみなさい」

そう言って水の森ちゃんはオレのTouchをとりあげる。気まぐれに貼り付けたマスコットのシールを見られるのが、少し恥ずかしい。

「ん?何よこれ、動かないじゃない」

カチカチとAとBのボタンを押すもののうんともすんとも言わない。オレには操作できたのに、ん?ということは??

「オレには動かせて、水の森ちゃん動かせないってことは、オレの勝ちだよね?」

「えーーー、そんなのズルじゃない?」

「だって勝負ができないじゃん。約束は守ってよ」

「うーー、納得はいかないけどしょうがないわね。でも少しプレイしてみてよ。どんなゲームなのか知りたいわ、どうせ負けるなら」

「わかった、なになに?木を動かすためには右と左の十字キーを操作してください?なんだこりゃ」

そう言いながら左をカチカチと動かす、すると俺たちは見たこともない景色を目の当たりにする。

「ゴ、ゴゴゴゴ!」

「ちょ、ちょっと、緑くん!」

「え?」

「公園の木が・・・本当に動いてるんだけど!」

見ると、公園の木がオレの操作にリンクして動いている。右、左そして上!テクノロジーが進化しすぎたせいか、ついにゲームで木を動かす時代が来たみたいだ。