Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

サイコプラス(小説版)

08_幽体離脱

 

昼間のタヌキ山公園はのんびりして時間がゆったり過ぎてゆく。深夜とは違った空気、人、太陽、そして何よりも何よりも光合成、木々が花が生命を謳歌しているように思える。オレのこの緑もあるいは光合成するためにあるのだろうか、とにかく日差しが気持ちよかった。こんな時は家に閉じこもってないで、外でゲームをするに限る。いつものことを別の場所でやるというものも違った景色が見えて楽しい。外で食べる弁当が美味しく感じるのに近いかもしれない。

「レベル、ステージ3に進みました。新しい能力を試してみましょう」
サイコプラスには相変わらず無味無臭なタイトルと、レベルアップを告げる。白い背景と黒字フォント、ゲームにしては寂しいユーザーインターフェースだがあるいは奇をてらったものなのかもしれない。リッチな演出を嫌うゲーマーも少なからずいる。
新しい機能か、これまでの機能は
1.植物を動かす
2.運を調節する
の2つだった。そろそろ火をコントロールしたり、時を止める能力なんか出ないものかしら。
「ステージ3、幽体離脱をしてみよう」
こ、これは、まさかの幽体離脱だと。肉体を離れて幽霊になるのか。壁を通り抜けたり、空を飛んだり?ちょっと怖そうだけど、面白そうではある。おもむろにスタートボタンを押してみる。
「入力を受け付けました。今から1時間以内に体に衝撃を与えてください。さもないと幽霊のままあなたは一生さまよい続けるでしょう」
なんだって。そういう警告は始める前に忠告するものだろう。一体、製作者はどういう神経をしているのだろう。相当性格の悪いデザイナーであることは間違いない。ふっと、一瞬、身体から精神が離れる感覚を得る。定点カメラのようにふわ、と視界が高くなりそこには一人の男が写った。つまりは緑丸、オレ自身がオレを眺める状態になるのだ。まるで映画のカメラワークのように上下左右自由に動ける。緑丸、つまりオレ自身を触ろうとしてみる、が、手が透けて実体に触ることができない。なるほど。移動は自由にできるがものが掴めないのか。そこで重要な事実に気が付いた。一体、この状態でどうやって体に衝撃を与えるのだろう?自分自身でたたくことはできない。であれば誰かに殴るなり蹴るなりして頼むしかない。しかも1時間以内に。困ったときは親友に頼るしかない

 * * *


「ぐふふ、ぐふーーー」
物理学教師を連想させるほど老けた男だが、彼はれっきとした16歳である。通称、センパイ、見た目でひとを判断するのは良くないがそれにしてもこの格好は、4畳一間の昭和を連想させる家はアイドルとアニメキャラクターで埋め尽くされた。『オールドタイプ』のオタクであろう。90年代は見た目も気持ち悪い、臭い、もてないアニメオタクが街中に溢れていたが、条例により駆逐されたそうだ。もちろんこれはジョーク。しかしながら綺麗なオタク、美しいオタクが国により推進され『オールドタイプ』と呼ばれるアニメオタクは街から消えていった。が、それは表上での話である。旧式は姿、形を変えてひっそりと生息していた。1人見つけたらその近くには10人は潜んでいると思え、とはネット上での都市伝説ではある。オタクは長らく迫害の対象とされていた。恋愛もできず、2次元のキャラクターと妄想の中で生きる、あるいは生きることのできない彼ら・彼女らはセクシャルマイノリティーと同様、偏見な目で見られていた。オタクの品格向上の施策が進められると、時代に対応できないオールドタイプはますます居場所を奪われることになる。彼らの聖地であった、アニメショップや秋葉原ニュータイプが進出することになったのだ。あろうことかカップルでアニメグッツを漁るものまで現れた。21世紀初頭では体制vs反体制による熾烈な戦争が勃発された。映画館ではアニメで埋め尽くされ、カップルのとなりにオールドタイプが鎮座し、紛争のタネとなった。特に混乱したのは芸能界である。ギャルのオタク化によりギャル語とオタク用語が入り混じり、そのたびに第一ソースの根拠争いで匿名掲示板は不毛な議論で埋め尽くされた。一部のオタクは譲歩し、ユニクロなどで清潔な格好を心がけるようになるが、一部のオタク原理主義者は頑なにファッション化を拒絶し、バンダナ、ジーパン、スニーカーの三種の神器で身を守り。そうした旧体制の反撃も虚しくアイドルによるオタク浄化作戦により、1人、また1人とオタクは戒心していった。本人達もそうされたと気が付かないほど自然に・・・こうした『オタク浄化っキャンペーン』により街中のオタク達が一掃されたが、オールドタイプは一層アングラ化を進め、家に引きこもりネット上で大暴れすることになったのだ。

「センパイ!センパイってば!俺だよ、綿貫緑丸、あんたの親友!幽霊なっちゃって、悪いんだけど本体を殴って欲しいんだ。1時間以内にやってくれないとこのまま幽霊で一生を終えることになりそうなんだよ!」

「ガ、ガハハハーーー」

てんで、だめだ。グラビアアイドル写真集に夢中でまるでオレの存在に気づいてないようだ。まずいぞ、誰にも気付かれない状態で、どうやって本体を殴って貰うんだ?おもむろにペンを取り出して紙に何か書こうとする、がしかし、手がすり抜けて物を持つことができない。センパイが無理なら次は東田のほうだ。

 

 * * *

 

「ホ、ホネーーー」

東田は案の定、骸骨のレプリカと戯れていた。骸骨コレクター、それが東田に名付けられた2つ目の名前だ。東洋人、西洋人、はてはアウストラロピテクスなど古今東西様々な骸骨を集めるのを趣味としている。法律上、骸骨を所有するには特別な許可が必要だとかで、東田が所有しているのはあくまで『レプリカ』である。幾つか本物っぽいものも紛れているが本人は頑なにレプリカだと豪語している。爬虫類や食虫植物など世間の人がグロいと思っている物に惹かれる気持ちは少し判る、判るもののこいつはちょっと逸脱しているような気がする。センパイといい、東田といい緑色のオレはどうやら奇人変人を吸い寄せる能力があるらしい。これだけはサイコプラスではないオリジナルの能力だろうな。だからと言って何に役に立つものではないが。

「東田!オレだよ、あんたの親友、緑丸。幽霊になっちまったんだ。頼むからなんとか本体のほうに衝撃をあたえてくれ」

「ホ、ホネーーーーーー」

こいつも駄目だ。全くオレの存在を認知していない。声も聞こえない、姿も見えない、物を動かすこともできない幽霊にどうやって存在を伝えることができるんだ?

「お兄様、大変です」

東田の部屋に白装束に身を包む少女が入り込んできた。この子はたしか東田の妹さん、

確か霊媒師の真似事をしていたと思っていたが

「お兄様の部屋の中に幽霊が潜んでいますわ」

「な、なんと?お前は幽霊が見えるはずだが、まさかオレの部屋が登場する日がくるとは・・・」

「は、はい。ここは特別幽霊が集まりそうな場所ではないのですが、しかし私初めてです。緑色の髪をした幽霊は」

「緑色の髪?もしかしてそいつは緑丸という名前では?」

「は、はい。必死に頷いていますわ」

「なんと、緑丸のやつ死におったか」

死んでねーわ。勝手に人を殺すな

「成仏こそ幽霊の願い、我が妹よ、緑丸を楽に成仏させてやれ!」

ちょっと、人の話を聞け

「悪霊退散、悪霊退散、成仏したまえ、イクイクアザラシ!」

十字架、ニンニク、聖水

 

 * * *

 

「み、水の森ちゃーーーん」

「あなたは緑くんの友人の、えーっと、たしか、西田くん」

「東田、東田だよ」

「ごめんなさい、人の名前と顔を覚えるのが苦手なの。どうしたの?血相を変えて、そちらの女の方は妹さん?」

「たたたた、大変なんだ。緑丸のやつ、死んじゃって幽霊になっちまったんだ」

「どういうこと?」

事の顛末を説明する東田、サイコプラスのことを

 

「今まで散々、私に恩を売っておいて、勝手に死んでんじゃないわよ!」

水の森ちゃんがその細い右手を握りしめ、100トンパンチが緑丸の顔面にクリティカルヒットする。その瞬間本体に強力な引力が発生したかのように引き寄せられる。やった、これで元に戻ることができるか?

「・・・も、戻った、のか?」

右手を開く、閉じるを繰り返す。思い通りに体を動かすことができる。肉体を思い通りに動かせる幸せを感じる。