Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

サイコプラス小説版

09_サイコプラスと緑色の関連性についての考察②

 

「行きなさいよ」

聞き覚えのある声はやはり、水の森ちゃんだった。後ろには東田とセンパイの姿も見える。ということは転校生との会話も全て聞いていたのだろうか。

 

「だって、二年間アメリカだよ?知らない場所の知らない人と知らないことをするなんて、オレにはできっこないよ。ゲームだってやりたい、学校だって、ようやくなじんできたのに」

「でも、行かないとあなたは後悔する。サイコプラスだってただのゲームだとは思ってなかったんでしょ?ゲームして、みんなで遊んでしゃべってマクドナルドに行って、そんな日々が永遠に続くって本当に思ってたの?」

 

立ち去る水の森ちゃん、残ったのは転校生と東田とセンパイ、そして呆然とするオレ。行きなさいよ行きなさいよというワードだけが頭のなかでリフレインして離れなかった。

 

 * * *

 

あれから二日間が経った。両親からサイコプラスのこと転校生のこと政府のお偉いさんから言われたことなどその他もろもろを説明された。休学届けを出せば高校を卒業することは可能らしい。黙秘義務があるとかで、わけのわからない書類に電子ハンコを押したけど、一体、何に同意して何を守ればいいのかはまったくわからなかった。ようやく理解したのは、メールやチャットでサイコプラスのことや隕石のことを記載してはならない、程度のことはぐらいだった。渡米は来月だそうだ。親と政府が勝手に決めたことでオレにはどうすることもできない。地球を救う、という途方もない責任にまるで実感が湧かないのだ。決められたことはしょうがないと思う。けどオレが今一番気にしているのは水の森ちゃんが言った『行きなさいよ』の一言だ。永遠とも思える二年間、その期間にオレがいなくても彼女は全然、大丈夫だということだ。冷徹な電子少女と言われていたが、だんだんと仲良くなったつもりだ。二人で遊ぶことはないけれど、みんなでゲームしたり、チャットしたり、時に学校から帰ることもあった。そんな日々をオレは宝物のように感じていたし、それは彼女も一緒だと思っていた。明日も明後日もずっとずーーーとこんな楽しい毎日が続くと思って疑わなかった。いや、正しくはそう思い込みたかったのかもしれない。みんな大人になり、就職して、もしかして結婚して、だんだん疎遠になる。スマートフォンの写真を眺めて『懐かしいな』と思い、この奇跡のような日々を遠い目をして思い出すのかもしれない。祭りは永遠に続かない。終わりが来るときがあるのだ。

 

 * * *

 

終わりが来るとして、二年間会えなくなるとして、それはしょうがないと思う。政府の決められたことだし、地球を救わなくてはそもそもが普通の生活を営むことができない。食べて寝て起きて、それらは地球上に住む人たちに平等に与えられた権利だ。オレが気にしていることは、水の森ちゃんの気持ちだ。オレがいなくても平気なのか。東田やセンパイそして元カレの**とゲームをしていれば、毎日が滞りなく進むものなのか。冷徹なサイボーグ少女はそこまで血が通ってないのか。友達だと思っていた、少なくともオレは。深夜の散歩「タヌキ山公園」もしかして今でもあの木の下で待ってたりしないだろうか。

 

 * * *

 

ダウンを取り出す、マスクと帽子と手袋をして、外は頬が切れるんじゃないかと思うぐらい痛かった。鼻がつんとする。吐く息は白い。間違いなく冬が訪れているのだ。走る、国道沿いを。誰と約束しているわけでもないのに、心が急げ急げと急かしてくる。これだけネットワークコミュニケーションの技術が進歩した世界で、「いま会える?」と送ればいいだけのような気がする。でもとにかくタヌキ山公園へ向かった。もしかして水の森ちゃんが待っているような気がして。

 

「実を言うとさ、最近は深夜の散歩をサボってたんだよね。もうゲームに対する嫌悪も機械に対する威圧感も感じなかったし」

いつもの抜け道を抜けて、例の木に彼女は座っていた。どうやらセンサーから避けることは辞めているらしい。センサーは彼女の顔を映し出し、オレは素直に美しいと感じた。フランス王家の気品ある王女、浮かび上がったキーワードはまさにそれだった。

「外は寒いし、家のなかはあったかいし、別に外に出る理由はないんだけど、それでも牛のポンチョをとりだして、おなかにはホッカイロ詰め込んで電子ヒーター付きのオーバーオールを取り出して、タヌキ山公園に行きたかったんだよね」

「なぜ」

「なぜかしらね、緑くん」

「オレは、水の森ちゃんと話をしたいと思って」

「そう、私もたぶんそうかもしれない」

「オレは二年間、ずっと会えないことについてどう思ってるのか、それを確かめたかったんだ。大切な二年間をずっと一人で生活するなんて、とてもじゃないけど耐えられない。水の森ちゃんが好きなんだ」

「・・・」

「水の森ちゃんはどう?オレがいなくても大丈夫?やっぱりただの友達ってこと?」

「そんなことないよ、私ってそんなに冷徹な少女じゃなかったみたい」

「だったら」

「でも、緑君は行くべきだと思う。この世界中に何人の人が生活していると思う?80億人という人々が恋をして人と会って生活を営んでいるはずだわ。いろいろな肌の人がいて、いろいろな価値観を持っていて、そして、そのほとんどが幸せになることを願っている。隕石がぶつかって地球がなくなって、その権利を奪うことはきっと許されないことなのよ」

「そうだね、そしてその80億人に水の森ちゃんと東田とセンパイも含まれるんだ」

「でしょ?だから緑君は行くべきなの。私の気持ちは置いておいてほしい」

「わかった。オレは2年間、アメリカへ行って、訓練して、そしてきっと地球を救う」

「きっと、じゃなくてそこは絶対って言ってほしいんだけど」

「ごめん」

「冗談、そういうところが緑君らしくて、好きよ」

「・・・」

「・・・」

「じゃあさ、2年後に日本に帰ってきたら、ゲームで勝負してくれない?オレが勝ったら君はオレの彼女になるというルールで」

「いいわよ、ゲームから離れたから、少しスキルは下がったけど。でも電脳少女の名は伊達じゃないわ」

「ジャンルは何がいい?格闘ゲームRPG?パズル?」

「そうねえ・・・」

水の森ちゃんはオレを見つめた。たぶん、真面目な話をするときのくせだろう

「サイコプラスなんてどう?」

 

 * * *

 

20**年、12月初旬、緑君の家には黒光りしたEV車が2台、完全自動型走行可能でプラベートジェット機にもなる中国産の高級車が止まっていた。たぶん政府関係のおえらいさんだと思う。昔は、完全自動走行する車が無かったのでハンドルという車を操作するユーザーインターフェースが必要だったみたい。音声認識もネットワーク通信もしないでどうやって目的地に着いたのか全く想像つかないけど、昔の人はもしかしたら記憶力が良かったのだろう。私は空港まで送ることを断った。東田くんとセンパイさんは緑くんのことを送っていくと言っていたけど、私はとてもじゃないけど冷静じゃいられないと思う。多分泣き出して「行かないで」なんて言ってしまうかも知れない。白状な女だとは思う。けど緑くんは私のことを理解してくれると信じてる。

 

 * * *

 

あれから二年の月日が経ってしまった。緑くんがいなくても日常というものは過ぎるもので、みんなでゲームをしたり、部活をしたり、勉強したりで目まぐるしく毎日が通り過ぎる。昔より明るくなったね、と友達には言われる。私自身は昔のまま自分に素直で、時々、他人から誤解されることはあるけれど、言いたいことは言いたいし、付き合いたくない人とは喋らない、そんなスタンスだ。もう学校を卒業する季節になってしまう。けど、緑くんの連絡は来ない。

 

 * * *

 

ある日のこと、毎日の退屈な授業を受けている時だった。外から見える太陽が目で確認できるほど早く動くのを確認した。もしかして私だけの錯覚かも、と目を疑ったけど、クラス中のみんながそれを確認した。昼と夜とが目まぐるしく入れ替わり、そして驚くべきことに冬から夏へと季節が進行した。その瞬間、私は気付いた。恐らく緑くんたちがその能力で地球の公転を加速させたのだ。隕石の衝突は回避できたんだと思う。それは私たちがこうして息をして、日常を過ごしていることで証明されるはずだ。マスコミはこぞってこの特異な現象を取り上げた。気象予報士も考古学者も地球シュミレーターの第一人者でさえ、今回の騒動を「原因不明」とした。地球公転速度変異現象と呼称されたこの一連の騒動は歴史の1ページに刻まれ、以降、変異以前、変異以降という言葉がよく使われるようになった。「変異以前世代」の私たちは当時のことを懐かしく、でもどこか他人事のように考えるようになっていた。

 

 * * *

 

白いTシャツ、ジーパンを取り出して夏の服に着替える。衣替えをしていないので、取り出せたのはそれぐらいだ。走る、外を。日が照りつける。あの時と同じように約束をしていないのに、気が付いたらタヌキ山公園へ向かって行った。緑君は黙秘義務だとかで一切の連絡を取れないと言っていた。何をやっていたのか、いつ帰るのか、誰と何をしてそして、ひょっとして誰かに恋していたり、そんなモヤモヤが心の中を占めていた。帰ったらきっと私たちは恋人になるんだと思う。けれど、それはあの日だけの口約束だった。あの約束を覚えているのは私だけで、ううん、そもそもあの約束をした記憶そのものが都合の良いように作り出された記憶なのかも知れない。そんな約束したっけ?冷たい顔でそんなことを言われたら、と思うとゾッとする。でも今は走る、必ず、緑君は、あの場所にいるはず。そう信じて。

 

 * * *

 

夏が突然訪れたことで、蝉たちが慌てて鳴きだしている。生態系には影響がないのだろうか?不思議と世界は日常を謳歌している。季節が飛び越えても柔軟に対応できるほどの力強さを生命は持ち合わせているということかも知れない。まるで、このような現象が起きることを予期していたかのように、鳥が虫が全ての生命が順応していた。この地球が誕生したその時から、約束された未来、地球の公転速度が早まる現象。パニックになっているのは人間ぐらいのものだ。経済は季節によって回る。夏物の服が足りない、暖房器具の売り上げが伸びない、予定していた冬季オリンピックの中止、でもそれらもいづれ「そんなことあったね」と笑って話す日が来るのだろう。

 

 * * *

 

着いた。タヌキ山公園に。鼓動が高まる。心臓の音が周りの人に聞こえてるんじゃないかと思うぐらいドクドクと早まる。居て欲しい、いつものあの「センサーを回避する」ためのあの木の下に。「ただいま」なんてあの時の笑顔で。英語がうまくなっているかも知れない。そうしたら私も勉強しなくっちゃ。喋れなくてもどうでも良いのだけれど、でも好きな人とはなるべく対等でいたい。同じ景色を見ていたいから。緑君と恋人になってから、やりたいことリストは100を超えた。映画を見たい、料理を作ってあげたい、クリスマスぐらいみんなと同じように過ごしてみたい、こんな普通の女の子のような欲望が自分自身に存在しているのがびっくりだ。私も普通の感覚があるってことか。

 

約束の木の下は誰かが座っていた。髪の黒いすらっとした男性だった。まるでサラリーマンのような知的な印象を受ける。なんだ、緑君じゃなかったのか。昼間はこの公園もカップルや家族で賑わっている。誰かが座っていてもおかしくはないのだ。少しだけ彼を待ってみよう。約束をしていない、けれど、彼はきっとここに来るのだ。そんな気がする。雪乃は思い込みが激しいから、と友人には言われる。たしかにそれは否めない。妄想癖が強く、決めつけが多い、人の意見を聞かない、思い込んだら何処までも突き進んでしまう。そこが私のダメなところだ。でも、それが私らしいとも言える。

 

「あの・・・」

さっきのサラリーマンが話しかけて来た。まさか。

「久しぶりだね。緑色の髪は無くなったんだ。特殊能力と共に。きっとオレたちの能力はあの時、あの瞬間のためだけに存在したんだ。DNAだけがそのことを記憶していた」

私はきっとこの瞬間をいつまでもいつまでも覚えているだろう。夏の日、いつものタヌキ山公園、そして大好きな緑くん。もう少し心が高ぶっていたらきっと泣き出していたと思う。

「普通の人のようにもう、緑色の瞳じゃないし、緑色の髪じゃない。変かな?」

「ううん・・・変じゃないよ」

 

END