Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

狐目の女

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彼女が僕のうちから出てすでに一ヶ月が経ち、それでも世界は変わりなく日常を続けていた。株価は下がり、派遣切りが社会問題になり、札幌で大規模な火災があった。2018年12月の冬だ。彼女は狐の耳と尻尾を持つがそれ以外は普通の22歳でみかんも食べるし、服も着るし、いっちょまえにテレビだって見る。NHKを好んで、よく、見ていた。こたつとみかんと彼女とテレビ、そういう風景を見るのが好きだった。好きだった、のに。恋人ができるまでの心の支えとして彼女は家に上がり込んできた。ささやかなリュックには財布と、そして、もちろんお揚げさんを所持していた。

「もし嫌いじゃなければ」

と奥ゆかしくつくってくれた、彼女の唯一の得意料理であるいなり寿司は、少し甘酸っぱく、田舎のおばあちゃんが作るそれを想起させた。子供の頃に帰省して食べるあの味だ。

「どうしてこの味を知ってるの?」

と聞いても彼女は質問の意味がわからないのだろう、少し困った顔をするのであった。


とても、無口な女であった。最低限のことしか喋らない。しかし、その距離感が心地よくて僕は彼女にどんどん惹かれていった。恋心のようなものがないと言えば嘘になる。彼女の声を髪をその所作を、愛した。しかし元々が、「恋人を作るためのサポーター」として神様に派遣された彼女であるから、恋をするわけにはいかない。

「君が僕の恋人になることはできないの?」

ある時、そう聞いたことはあるけれど、彼女はまた例のように困った顔をするだけだった。つまり一度、振られているのだ。


彼女は僕の片思いの人、というだけだ。