Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

サイコプラス(小説版)

09_サイコプラスと緑色の関連性についての考察①

あの日、あの時、あの場所で水の森ちゃんと出会ってからすでに半年以上が経過したと思う。サイコプラスと出会い、いくつかの奇妙な出来事を経験して、オレはずいぶんと図太くなった。まるで人生の大半がこの半年間に凝縮されたような錯覚すら覚える。人はそれを成長と呼ぶのだろうか、17歳のオレはまだそのことが良くわからない。大人になってウィスキー片手に「あの頃は若かった」なんて安いドラマのようなセリフを口にする時が、あるいは来るのかもしれない。そんな想像をしてみたが、想いは形とならず消えていった。

「起立、礼、着席ーーーーーー」

「お、おい綿貫緑丸、先生に礼ぐらいしろよ」

「最近は先生に礼すらしなくなったわ、ガハハハハー」

東田とセンパイに何言われてもどうでも良くなってきた。最近じゃ緑色の髪の毛のことを指摘されても、あっそう、程度の感想しか持てない。それはサイコプラスとの経験かもしれないし、もしかして水の森ちゃんのおかげかもしれない。緑色を素敵だと言ってくれた少し変わった女の子。一途で一生懸命で他人から誤解されることは多いけれども、オレは悪い人じゃないと思っている。間違っているのは彼女じゃなくて、世間のほうだ。コンピュータが嫌いで男嫌いなのは決して彼女のせいではないのだ。そう仕向けた社会や世間が彼女を彼女たらしめたのかもしれない、オレはそう思っている。オレだってそうだ。内向的でうじうじしてはっきりしたことを言うことができない。緑色を受け入れない社会を作ったのはオレではなく大人達だ。父さんや母さんを恨むことはしないがかと言って彼らのように生きてみたいとは思えなかった。でも、それも親不孝なことなんだろうな、どうやったら好きになれるんだろう?ふとそんなことを考える。

「今日は転校生を紹介するぞ」

「ひーほー、私、死語使いの高屋敷朱未(たかやしきしゅみ)舐めんなよ宜しく哀愁」

「ははは、なんだそれ」

教室中が爆笑の渦で埋め尽くされた。派手な髪型、パンクファッションを思わせる革ジャン、まるで90年代と2000年代をミックスしたような出立ち、音楽番組で見かけたなんとかっていうミュージシャンを連想させた。キワドイ発言、流行と離れた価値観、陽キャでも陰キャでもない、私は私でカテゴライズされたくないの。去年に発売された配信されたタイトルでは少年少女達の悩みを代弁していると、新聞やニュースで取り扱われた。

「とりあえず、転校生の席は・・・そうだな、綿貫緑丸の席の隣にでも座っておけ。正式な席はおいおい決めるとしよう」

なぜ、オレの隣に?

「はじめまして、綿貫緑丸くん。この学校はいい学校ね。一目で気に入ったわ」

「気に入った、ってどんなところが?」

「そうねえ、大きくて人が多くて奇抜なファッションの人がいるし。ほら、あたしこんな格好でしょ?田舎だと目立つけど、ここじゃ逆に地味なくらいだわ」

「そんなことないよ、なんというか実に・・・

「実に?」

「えーと、なんだろう、ユニークだね」

「ははは、はじめてだよ、そんな表現したひとは」

なんか、緊張するな。女性と話すのは。最後に女の人と話したのは母親か水の森ちゃんだと思う。

「あなたはなぜ緑色の髪の毛をしているの?ふぁっしょん?それともなにかの主義主張かしら?知ってる?80年代って髪の毛をツンツンにして、体制への反抗だって意思を表明してたのよ。面白いよね」

「オレはそんな主義とか主張なんかなくて、もともとなんだ。突然変異のミュータントで世界に何人もいないらしいよ」

何回も聞かれる質問、コピーペーストの返答、こういうのは感情を殺して答える方がいいのは今までの経験則で知っている。みんな悪気はないのだ。そう誰も。

「へー、なんというかその・・・」

「その?」

「ユニークね、とても」

「ははは、よく言われるよ」

学校のチャイムが授業の終わりを告げる。二限目はたしか、大型教室での授業だから移動しなきゃだ。東田とセンパイを誘って移動する。

 

 * * *

 

誰もいない教室、次の授業のために移動したのだろう。転校生がポツリ、一人で何かを見ている。どうやら綿貫緑丸のかばんのようだ。右手を上げる少女、さながらオーケストラの司会者のようにゆっくりと、しかしそれはハッキリとした意思を感じる。ふと、綿貫緑丸の鞄が開く。誰も開けていないのに?さらに特異な現象は続く。鞄から何かが飛び出したのだ。そう、サイコプラスを搭載したモバイルデバイスTouchだ。物理法則を無視して、まるで風船のようにふわふわと浮かび上がる。まるでモバイルデバイスTouchは重力の存在を忘れたかのように天井近くまで浮かび上がり、そして、『消えた』

「バイバイ、サイコプラス」

少女は何も無かったかのように次の授業へと向かう。

「朱未ちゃん、次の教室はL教室よ」

「わかったー」

 

 * * *

 

「ない、ない、なーーーーい」

教室中に聞こえるほどの叫び声、周りに注目されるのは嫌いなのに思わず叫んでしまった

「どうした?緑丸?財布か?スマートフォンか?それともエロ本でもなくしたか?」

「そんなの持ってるわけないだろ!オレはデジタル派だ・・・ってそんな話はどうでもいいだろ。違うんだ、ゲーム機がないんだよ、オレの鞄にしまってたはずなのに」

「ってことはサイコプラスも」

「当然、ないよ。サイコプラスはオレしか操作できないからアレが無くなって悪用する奴はいないけど」

ポケットにも机にもロッカーにもない。授業中はゲーム機を持ち歩くことは禁止されているから当然、鞄の中にしまっている。ということは誰かに盗まれた?そんな高級なものじゃないから狙われることは考えにくいんだけど。

「どうしたの?」

転校生から話しかけられる。たしか名前は高屋敷朱未。

「な、なんでもないよ。なくしもの」

サイコプラスのことを知っているのは水の森ちゃんと東田とセンパイだけだ。あの能力はなんとなく『隠した方がいい』気がする。これは水の森ちゃんも同じ考えだ。

「ふーーーん、無くし物ってもしかしてこれだったりして」

彼女が取り出したのは見覚えのあるデバイス、そう、見覚えのあるそれはオレのTouchとサイコプラスだった。

 

 * * *

 

「なぜ、君がオレのゲーム機を持っているの」

「なぜって、鞄から盗んだからよ」

「あっさり言うね。でもとにかく返してくれよ。人のものを取るなんて良くないと思うよ」

「それは同感、窃盗、殺人、詐欺は全て人間が生み出した忌むべき存在ね。知ってる?農耕民族になったころから貧富の差というものはできたのよ。つまり持つものと持たざる者が誕生した瞬間ね。以来、階級が生まれ、利権が生まれ、貧富の差というものが生まれた、それらは拡大しつつある。このサイコプラスを盗んだことは謝るわ。どうしてもあなたと二人きりで話したかったの」

「話ってなに?屋上に呼び出して、誰かに聞かれちゃまずい話?」

「秘密って面白いよね」

「なんだよ、唐突に」

「隠そうとするから他人は気になる。他人から気にされると隠したくなる。秘密にしなければならないものなんて、そもそもなかったのかもしれない。他人から見れば、なんだそんなことか、ということでも本人にとっては秘密にしたくなる。でも、サイコプラスのことは秘密にして正解だったかもね」

「なぜ、サイコプラスの事を?」

「プログラム型超高度能力トレーニングシステム、それがサイコプラスの正式名称よ。あなただってただのゲームだとは思って無かったでしょう?政府直属の特別機関『特殊能力育成庁』による秘密裏に開発されたプログラム、当時、安価で高機能デバイスだったTouchに対応し、政府により管理されていた。それなのに裏マーケットに出回るというトラブルが発生、私は調査員に任命されたというわけ。マーケットに流れた理由は不明。内部の犯行から単なる事故まで考えられる原因は100以上。そしてサイコプラスの奪還は一つのミッション、私に与えられたもう一つのミッションは」

「もう一つのミッション?」

「綿貫緑丸、あなたに接触することよ。サイコプラスは緑色の特殊能力者を引き寄せる力がある。裏マーケットのサイコプラスを追っていけばおのずと能力者にも接近できるというのが私のリーダーの推測。初めは疑心暗鬼だったけど、このように接触することができた」

話が急展開でついていけない。特殊能力育成庁?ミッション?サイコプラスの引き寄せる力?この子は一体何を言っているんだ。

「サイコプラスが特別なゲームだということはわかったよ。でもオレを探してどうするつもりなの?研究機関に閉じ込めてハムスターのように扱うつもり?」

「君って意外と想像力豊かなんだね。そんなSFみたいなことしないわよ。ところでさ、人間の手ってなんであるんだと思う?」

「そりゃ、道具を使うためさ。火を扱ったり、ナイフを扱ったり、手がなければ人は生きていくことができないよ」

「ピンポーン、大正解。人の能力というものは基本的に生きるため、子孫を残すために備わっているわ。息を吸うことも、物を食べることも、恋をすることも、生き抜きそして種を未来に繋げるために存在する。その全てが合わさることで驚異から身を守ることができる。そしてサイコプラスはその人間が本来持ってる能力を最大限に引き出すプログラムシステムなのよ。植物と調和することも、運をコントロールすることも、精神を肉体から解き放つことも本来、動物が持つ能力だったの。社会という物が作られてから、いつの間にか失われてしまった能力なのよ」

彼女はそう語り、オレから少し遠ざかる。右手と左手を均一に広げて、さながら天使の羽のようだ。そこでふわりと浮かび上がる。後ろにピアノ線でも繋いでいるのだろうか?目を凝らしてみたが、それは認められなかった。重力から解き離れた彼女は、綿貫緑丸の3メートルほど上空に位置した。ちょうどバスケットボールのゴールほどの位置だ。

「人間の能力が驚異から逃れるためのものだとして、私のこの能力は一体なんのために存在するの?いったい何が私たちを襲うのかしら」

科学力が向上し、外的から身を守るすべを手にした近代の人類が驚異とするもの、それはライオンや恐竜じゃないと思う。だとすれば天変地異などの災害じゃないだろうか?何年も前に起こった大震災は日本の10分の1の人口の命を奪った。人類が滅亡するとしたら、恐竜のように、宇宙からくる厄災ではないだろうか。

「ピンポーン、その通り、私たちの驚異はスペースハザード、つまり宇宙からの災害よ」

「って、何も言ってないのになぜ?もしかして君は・・・」

「そう、人が考えることを読み取ることができる。我々の組織に入れば誰でもできる初歩的な能力よ」

「高屋敷朱未、遅いぞ、もうすでに予定の1時間が経過している」

突然、彼女の後ろに高身長の男が現れる。驚いたことに彼女と同じ位置に立っている。すなわちそれは彼女と同様の能力を保持していることを意味する。つまりこいつも「能力者」ということだ。彼女と同様に緑色の髪と緑色の瞳を持っている。

「違うよ、こいつがてんで感の悪い奴でさー。ようやく私たちのことを説明出来たってわけさ」

「ワレワレはジカンがあまりありません。Time is money.タカヤシキシュミさん、いい加減学生気分から抜けてもらわないと困りますネ」

更に別の「能力者」が現れる。どうやら外人のようだ。高い鼻が印象的で青年実業家を連想させた。

「そーそー僕なんか小学生だけど、もっと器用にできると思うけど。テレパス、未来予想、テレポート、時空転移、もうNo226のスコアを超えちゃったけど?」

お次は小学生か。見た目は子供、中身は大人でお馴染みの何処かの小学生探偵のように赤い蝶ネクタイをいっぱしに身につけている。

「タカサシキさーーーん。

次はアジア系の美少女だ。薄いストールと長い髪の毛、フェアリーを連想させるほどの妖艶さをかね揃えている。位置関係により、スカートが見えそうで気になるが

「信じられない、オレと同じように緑色の人種がこんなに存在するなんて。ネットでいくら調べても緑色の情報なんて得られなかったのに」

「あんたバカねえ。そんなの政府に情報統制しているに決まっているじゃない。私達が驚異とするのは10年後に到来すると言われている隕石の衝突。スーパコンピュータが弾き出した隕石がしょうとつする確率は99.99%

「つまり、ほぼ100%ってこと?」

「そういうことになるわね。この事実を知っているのは国連や主要国の政府関係者のみ。こんなことがマスコミにリークされれば途端に世界はパニックになるわ。ネット上に緑色の情報が消されたのはそういう背景があるから。私達の組織は検索エンジンすら管理できる強力な権限を持っているのよ」

通りで緑色の情報が手に入らないと思った。

「あなたには私達と一緒にアメリカへ行って、2年間のトレーニングを受けてもらうわ。緑色の能力を持ち合わせているとはいえ、あなたの能力はまだまだ小さなもの。RPGで言えば最初のボスにも満たないわ。

「そんなの両親に説明できないよ」

「あはん、大丈夫。ご両親にはとっくに説明済み。移転届やパスポートの手配もやっていただいたわ。あとは現地で使う医療やスマートフォンの契約ぐらいかしら。流石に個人のスマートフォンを持ってないと日本とのやりとりが大変でしょうし。スマートフォンデビュー良かったじゃない」

 

「行きなさいよ」

声の主は水の森ちゃんだった。