さて、老婆の袈裟をうばった男であるが、それから北へ北へと流れることになる。男の故郷への旅であった。男は、そこで死ぬつもりであった。
彼はどうでもよくなっていた。自暴自棄である。人生もこの世も全て。
思えば彼の人生は病と戦ばかりであった。人が人として普通に恩恵を受ける平安や安定というものはなかった。この世は地獄そのものであった。民を国をこの世のそのものを恨んだ。
「もし、そこの」
不意に声をかけられた。どこかの僧侶のようにも見えた。
「その袈裟、見せてもらえんだろうか?」
男は躊躇した。
老婆から奪ったものであるとバレたら厄介である。いや、こんな時代、盗み奪われが当たり前の世の中で盗人ひとり見つけたところでお上に報告するものもいないか。そう思った。
「これは、ずいぶんと雅な袈裟でありますね」
はあ、とつまらなそうに答える。
殺すか。
少し考える。
腰の太刀に右手を添えて切るタイミングを見計らった。
ずいぶんと痩せ細った僧であった。長く食べてないのだろう。食べてないのはこちらも同じである、あわやひえをお湯に溶かし、白湯のようなものを口にしていたため、腕や脚は痩せこけて、そのかわりお腹が餓鬼のようにポコリとでっぱるのであった。