Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

カナ

 今日はとても悲しいことがあった。お気に入りのアイドルの番組が4月から放送されなくなるのだ。視聴率が低迷しているから、ネットではそんな噂があったけど、なるべく見ないようにしていた。もちろんTikTokSNSで推しに会えることはできるから、それを見ればいいのだけれど、全国で推しを共有できないのは、正直なところ辛い。みんなでああだこうだとリアルタイムで感動できるのは何にも変え難い興奮がある。ラジオ、インターネットもあるけどテレビはテレビの良さがあるのだ。ははおやからはなんだそのことかと変な顔をされたけど、私にとってはなによりも大切なことだ。会社を休もうかと思ったけどハゲ部長の嫌味なメッセージが返ってくると思うと憂鬱で出勤してしまった。だれでもできる非生産的な作業。またあいつがフロアでペラペラ喋っている。バツイチでハゲでデブでテカテカしている。単身赴任で週末やることがないので会社にいる。ハゲ、ハゲハゲ!

 推しはなんであんなに美しいのだろう。所作そのものが尊く美しい。後ろから抱きしめられたらきっといい香りがするのだろう。そんな妄想をしながらとこにつくのご私の幸せだ。綺麗なもの純粋なものだけを見て死にたい。オフィスは汚物にまみれて窒息しそうだ。東スポ、巨人、政治、経済、税金、私の嫌いなものであふれかえつまている。ハゲおやじが近づいてくると気絶しそうになる。残業させるものは私にとって敵である。

 今日はチケットの争奪戦がある。ダウンロードした推しの写真整理もまだ途中だ。テレビ放送された番組を丁寧にCMカットしてブルーレイディスクに焼いてラベリングして、あ、推しがCMしているあのお菓子をコンビニで買わなきゃ、ネットで注文すれば抽選でサイン入りのステッカーがもらえる、公式ホームページもチェックして、、時間が足りなくて足りなくて気が狂いそうになる。正直楽しいのか苦しいのかわからないけれども、それすら推し活と思っている。推し推し推し、私の頭の中は推しのことでいっぱいだ。私と推しが付き合う世界線をそうぞうして午後の仕事は終わった。

 ネイルが欠けている。キーボードのタッチがうまくいかない。毛先も整ってないのが気になる。流行りのスィーツを買って、カフェラテと、そうだ新宿駅に推しの広告ポスターがあるから一緒に写真撮らなきゃ。世界が推しの美しさで埋もれますように。そう願ってSNSのいいねを押しまくった。

 彼女がいるという噂がネットで飛び交っている。デマだとわかっていても情報を確認しなくては気が狂ってしまう。怪しいのは番組で共演したYという地方女子アナウンサー、そしてグラビアモデルのOだ。

 Yは推しと仲が良いということでネットで炎上した女だ。大学時代はミスコンでNo. 1になり、○○テレビに入社した。ラジオで話した「推しとご飯に行った時に」という発言が爆発したのだ。後日、スタッフも交えての会食だったと言い訳をしているがアンチが粘着しているのは説明するまでもない。インスタでいわゆる「匂わせ」がないかを調査するようになった。推しと共通のブランド、シャンプー、趣味がないかを特定するのだ。同じ芸人が好きだと公言したときは大炎上する寸前であったが、後日、誤報といことが発覚して事件にはならなかった。それでも彼女に対するインスタへの嫌がらせは終わらず、最後は休止するまで追い込んだファンを怖いとも思ったが、私もその一員なのだと思うと気が重くなった。インスタライブで推しがこのことに言及して、一気に勢いはおさまり、二度とこのようなことが起きないようにファン一同で広告を打つことでこのことはおさまった。

 ファンは怖い、そして私もその一部なのだ。推しと結婚することは叶わないまでも、一度だけでも私を見てほしい。スタイルは良くないまでも清潔感があり爪も綺麗にしている。モテるとまでは言わないまでも男子に(それなりの)好印象は与えているつもりだ。笑顔を絶やさず、おじさんの話を受け答え、ヨガをやってドラマを見る、風呂には一時間以上入り、軽い男にはなびかない。きっと推しはそんな女性が好きなのだと妄想する。

 一度だけ推しの好みが暴露されたことがある。いい匂いがして、料理の上手い人、そして自分のファンでない人、、

 これを聞いた時は一週間ほど悩んだ。ファンと付き合うことはできないということだ。であれば推しのファンを辞めれば結婚できるのか?しかし、ファンでなければ推しと結婚したいと思わないのだろう。現実的に言えば彼と近い存在、例えばマネージャー、例えば社長、たとえば海外で出会った一般人、プライベートカウンセラー、歯医者、推し専任のマッサージ師、そんなものでなければ推しと結婚できないのだ。ちょっとだけマッサージの勉強をしたが、マッサージ師になり、さらに有名人の専属になることを考えたら途方もない努力だと思い、結局は断念した。

 もしお笑い芸人と付き合いたければ、推している芸人の後輩とコンパをするのが近道だと聞いたことがある。ヤリ目的だろうが、チャンスは決してゼロではない。けれども私にはそんな勇気はないし、そもそも私の推しは表面上そんなことはしない人だと信じている。いや、裏でやっていても構わない。フライデーに取られるようなことだけはしないでほしいのだ。六本木や麻布で毎晩、頭空っぽのスレンダー女子と飲み明かすような人ではないと信じている。いや、信じさせてほしいのだ。

 推しは虚像だ。いや、虚像であってほしい。いるのかいないのか曖昧な存在だ。人間としては存在しているが、そのイメージと本人との乖離は当然あるし、彼自身もラジオで公言していることだ。「僕が歌っておること、言っている発言、そして人間関係それら全てが真実だと思わないでほしい。それでも君たちが好きだし好きでいてほしい」

 自分が何をしているかわからない時がある。カナ、カナと推しが私の名前を囁く夢を見る。そして起きた時にそれが夢だと知って少しだけ泣くのだ。神様明日も推しを愛することを許してくださいと願って、一人寝るのだ。