結婚してからあの時の映像は見ないようにしていた。それは無意識であったり意識してたり、その中間で、観れないと言えば嘘になるし、観れると堂々と言う勇気もない。32になって旦那との会話も徐々に少なくなってきます。
二十代のあの頃にMCの男性に恋をする、していたというのは、今考えれば顔から火が出るほど恥ずかしい話とも言えるし、微笑ましい思い出のような気もする。当時よく聴いていたであろうJ-POPをふと街中で聴くとあの時の気分や気持ちが沸き起こってきて少しくすぐったい感情になるのだ。もしかして他人からは若さゆえの過ちと言われるのかもしれないが、私は別に何も過ちを犯したつもりはないのだ。踊った、歌った、笑いを取った、その全てが一生懸命で「嘘がなかった」その純真無垢な精神や健康な心がなんだか羨ましくもあり、とはいえ大人になったからそんなピュアな心といってもなあ、と思えるのだ。ただかつてそんな時代があったのだと、ひょんなことから思い出すとびっくりするのだ。まるで自分のことではない気がして。
「キュンキュンキュンと恋して」
私たちのファーストシングルが街中で流れている。もう何十年も前のヒットシングルなのに、不思議なことだ。いや、もしかしたら私の頭の中だけに流れていたのかもしれないけれど。
キャプテンや同期は元気だろうか、まるで連絡を取らない白状者の私がいまさら会おうかなんて、とてもじゃないけど言えやしない。引退の時のあの風景をMCと二人だけで話したあの夜をファンを裏切った時のあのリアクションを、まるで昨日のことのように反芻する。いたのだ、たしかに、あの瞬間だけ。私はステージにいたのだ。今となってはなぜアイドルをやっていたのかはわからない。若いってことはパワーが有り余っているのだ。それが若さの特権でもあるし、危ういところでもある。
あれ以来、時々本を読む習慣ができた。新宿や神保町に馴染みの本屋が何軒かあって、たまに立ち寄るのがささやかな楽しみだ。プロレスやコント、落語、そして昔のジャンプに連載していた漫画、色んなものに挑戦させられたけど、唯一残ったのはこれだけかな。
あの頃の体験は自分の人生に何も残さなかったけれど、ふと街中で、スマートフォンを触ってる時に、電車の風景を見てる時に思い出す時があるのだ。何も怖くなかったあの瞬間を。
「若いって怖いなー」
「え?なに?」
心の言葉を口にしたら友達に不思議な顔をされた。
「ちょっとスタバで変なこと言わないでよね、ただでさえあんた変な顔とかするんだから」
「はいはい、わかってますよって」