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テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

熊狩りのヤマシタさんについて

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熊を追うハンターはむやみに自分の武勇伝を語らない。それはハントするということが本質的に孤独な行為であるからに他ならない。誰かに自慢したり、自分自身のスキルをひけらかすためでもなく、どこまでも自分自身のために狩をするのだ。私の先輩ハンターであるヤマシタさんも熊狩りのことは滅多に喋らない、でも、まれに興が乗ると、重い口を開けて熊狩りのことをゆっくりと喋り出す。普段は無口なヤマシタさんだが、私はヤマシタさんの話を聞くのが好きだった。興奮すると鼻の穴が大きくなり、ダダーーーーーンと火縄銃の擬音を大げさに表現し、熊をどうやって仕留めるのかを熱を込めて説明してくれる。


ヤマシタさんは人嫌いだが、ハンターにだけは人懐っこい顔を作る。情に熱く涙もろいヤマシタさんは、後輩ハンターに懐かれ、熊狩りのイロハを惜しげもなく教えてくれた。安いカップ酒を呑みながら、熊の追い方、ビバークの基本、肉のさばき方、そしてそれを一番美味しく食べる方法を丁寧に教えてくれる。薬莢で黒くなった手からは、野生の匂いとでもいうのか、独特な匂いを漂わせていた。初めて見たときは人間というより、獣という表現の方がまだ近かった。殺気立ってるというわけではない、目が耳が鼻が、五感が研ぎ澄まされることがこちらにも伝わって来るのだ。こればかりは正確に説明することは難しい。


「熊はよ、こちらのことをよく分かってんのよ ヨ」

東北弁を交えて熊熊と語るサカシタさんは、熊のことを尊敬しているのだろう、それが伝わってきた。


古い民家を改装したヤマシタさんの家中に獣の臭いが充満して始めは鼻が詰まりそうになる程だが慣れてくると気にならなくなる。一匹の秋田犬を飼っていて、奥さんはとっくに他界している。2人の娘がいるが2人とも自立しているので一人暮らしだ。狩だけのシンプルな生活、街へ行くのは月に一度か二度とだそうだ。


「街はナ、匂いがきつくていかんのよ。オーデコロンとか車の匂いとか。山はいいわな。鳥の声と魚の匂いしかしないわ」

はあ、と、曖昧な返事をしながらいずれオレもこのようになるのかと、思うときもある。