Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

サイコプラス小説版

05_運の調節①

カビ臭い匂い、きらびやかな店内、うるさいゲーム音、まるで宇宙船の中にいるかのような錯覚を覚える。オレにとってゲーセンはそんなところだ。大昔はタバコの匂いが充満してたらしいけど、すっかり分煙が進み、綺麗な社交場となっている。

デジタルマネー対応が進み、現金がまったく使えないため「Mマネー」という電子マネーを使ってプレイするのが最近の主流になりつつある。ポイントも貯められて、プレイ履歴も保存できる。RPGのようなレベルを保存して、次回の続きからプレイできるようなジャンルにも対応されている。

「水の森ちゃん、ちょっと待ってて。コインゲームのためのコインが100万枚あるから貸してあげるよ」

先週、コイン落としのゲームでジャックポットを当てたため、多くのコインが預けたままで放置されている。パチンコやパチスロと違って金を稼ぐことはできないけど、プレイ権利が獲得できること、そして、その権利を友達に分けることができるのがコインゲームのいいところだ。東田とセンパイともよくコインの貸し借りをしてお小遣いを節約しつつ遊んでいる。月に5000円の小遣いで買い切りのゲームを買ったら一瞬でなくなってしまうため、俺たちは色んな方法でゲームをする機会を探している。無料のスマートフォンゲームやら、オンラインゲームやら。広告がうっとしいものの無料で遊べる魅力にはかなわない。

「すみません、コインの引き落としをお願いしたいのですが」

「了解しました。枚数指定ですか?それとも全部引き落としでしょうか?」

「とりあえず、枚数指定で1万枚を」

ゲームセンターの店員はロールプレイングゲームの村人Aのような無機質な対応でメダルの引き落とし作業が行われ、ジャラジャラとメダルが放出される音が流れる。この時間がすこし気まずい。円形のメダルボックスを自分用と水の森ちゃん用に用意してメダルを入れてもらう。うむ、これってデートみたいだ。カップル席に座れたらいいけど、それはちょっとやりすぎだな。たぶん、相手に嫌な思いをさせる。

ふと水の森ちゃんを見るとすでに格闘ゲームをやっている。勝率モニターをみると100%となっている。さすがコンピューターガール。ギャラリーが店内であふれかえりそうだ。メダルゲームはひとりでやってようかな。彼女は格闘ゲームに夢中のようだ。メダルを落とさないように気をつけて目的の筐体へ向かう。そろりそろりと。

「どんっ!」

ふいに誰かから背中を押されバランスを崩す。やばい、水の森ちゃんもいるのに醜態をさらすことになる。思い切って右脚を出して踏ん張る。セーフ、なんとか恥をかかないですんだか・・・と思ったらなんと再び背中にぶつかる。オレってなんて不運なんだ

「がっしゃーーーーーーーん!」

や、やってしまった・・・よりによって1万枚のメダルを店内にぶちまけてしまった。とほほ、意中の人と一緒なのにカッコ悪い姿を見せてしまった。

「緑くん、大丈夫?」

「だ、大丈夫、水の森ちゃんは格闘ゲームで遊んでなよ」

「そんなわけにはいかないでしょ、こんな大量のメダルを一人で拾えないわ」

他人の目が痛い、オレってなんて不運。考えてみればいつも不幸なことばかりだよな。バスではギリギリで乗り遅れたり、大好きなコンビニのツナマヨおにぎりは売り切れていたり。ようやく半分のメダルが回収できたか、しかし、これじゃまったく終わりが見えないぞ。

水の森ちゃんと2人でコインを集めているとふいに店員さんが声をかけてくれた。

「大丈夫ですか?手伝いますよ」

「すみません」

クールないでたち、しなやかな手、間違いなくモテないオレらの敵である、いわゆる「イケメン」だ。こいつらはヒエラルキーの低層であるオレ達にも優しく声をかけてくる。それがまた女性達の支持を得る秘訣なのだろう。真似したくてもできない。悔しいがそれが現実だ。

水の森ちゃんの表情が固い、イケメンに緊張しているのだろうか?あるいは男性に対する防御耐性がはじまったのか?

一太郎?」

「雪乃か、久しぶりだな」

「ゲームセンターで働いてるんだ。知らなかった」

「ああ、ずいぶんと連絡してないからな。元気か?」

「元気、っちゃ元気かな。そっちは?」

「同じようなもんさ。毎日レポートに追われてバイトするか、寝るか」

ん?この2人知り合いなのか?しかも二人とも呼び捨て、いったいどういう関係なんだ?

「じゃあ、オレは仕事があるからこれで失礼するよ」

「うん、わかった。またね」

なぞのイケメンが水の森ちゃんから立ち去ろうとする。

「い、いいの?水の森ちゃん? 知り合いがいるならオレは先に帰ってるけど」

「大丈夫よ」

「なにか渡されたみたいだけど、なんかのメモ?」

おそらくポストイットかなんかだろうか。3センチメートル四方ほどのメモを渡されたらしい。

「なにも言わずにこれだけ、渡されて行ってしまったわ」

 


結局、ゲーセンでの盛り上がりが冷めきったため、オレ達はその場を去ることになる。謎のイケメンのこと聞きたいけど、聞けない。そんな仲じゃないような気がして。

「それよりどうなの?サイコプラスの調子は?」

「ああ、そういえばそうだね。ずっと起動しっぱなしだったからだいぶ経験値はたまったはずなんだけど、なになに?あ!」

「どうしたの?」

「レベルが上がってる・・・やっぱりこいつ経験値をためることで能力が増えてくんだ。魔法使いの魔法が増えていくように、戦士のアクションが増えるように」

「レベル1が木を自由自在に操る能力、レベル2からはどんな能力になるのかしら。予知能力?テレポーテーション?はたまたタイムリープかしら。なんだか夢が広がるわね」

「ちょっとまってね、今説明書を読み上げるから。なになに『レベルアップおめでとうございます。あなたはサイコプラスのラーニングによりレベル2になりました。次のステージでは運の調節をします』

「運?運ってどういうことかしら?

「そんなのわからないよ」

「やっぱりそのゲーム胡散臭いわね。

ブーーーーーブーーーーブーーーー!

突如サイコプラスがサイレンのようなやかましい音を鳴らし始めた。

「う、うるさいなコイツ

「ケイコクシマス、ケイコクシマス。キケンレベル1ガセッキンシテオリマス。ウンをショウヒしてカイヒしますカ?YES、NO?」

一体どうすればいいんだ?うるさくて周りの目がいたい。サイレントモードを設定し忘れたスマートフォンに着信したときのような気まずさだ

「よ、よくわからないけどYES、YES!」

どうやら音声認識で入力してほしいみたいだ。

「ニュウリョクをウケツケマシタ。ウンをシヨウしてキケンレベル1をカイヒします」

よ、ようやくサイレンが停止した。助かったが運を使用するってどういうことだろう?

「あ!緑くん、あぶない」

なんだ次から次へと、今日は疲れる日だな。と思ったら頭上からハンマーのように花瓶が落ちてきた。メダルゲームの件といい本当に今日は災難が続くな。とほほ。

「どんっ!」

と思ったら後ろから誰かに押され、直前で大流血を回避した。なんという幸運。

「だ、大丈夫?緑くん、災難続きだったけど幸運だったわね」

「ギリギリセーフだね、まだ心臓がバクバク言っているよ。ん?まてよ」

幸運だったということは、まさか。サイコプラスをみてみる。やっぱり予想した通り運のパラメーターが減っている。先程は1000だった数値が950だ。

「間違いない、サイコプラスの次の能力は運を調節して災難を回避するんだ。

「どういうこと?」

「この数値を見てよ。さっきは1000だったパラメータが950に減っている。そしてぶつかりそうだった花瓶がギリギリのところで回避できた。つまり」

「つまり?」

「パラメータを消費することで運をコントロールできるってことだよ。MPを消費して魔法を使うマジシャンのように」

「でも、それって大丈夫なのかしら?」

「大丈夫ってなにが?」

「緑くんの運のパラメータが950ってことはそれが0になったらどうなっちゃうのかなって・・・ほら、昔の漫画になかった?悪魔と契約して望みをかなえるごとに身長が1ミリずつ短くなっちゃうってやつ。のぞみがエスカレートしてついに主人公の存在が消えちゃうの」

「そ、それはどうなるんだろう。サイコプラスも説明が少ないんだよね。運が調節できるってことしか説明がなくてそのあとのことがなんとも」

「と、とにかく無駄遣いしないほうがいいわ。危険レベルってあるからその大小によってパラメータの消費が決まるってことよね。つ

 


「考えてみると俺ってば三国一の不運男でさ、バスには乗り遅れるは鳩にはフンを落とされるわで今まで人生でいいことが一度も起きないんだよね」

「馬鹿ねぇ、そんなこと誰にでもあるわよ」

そう言って水の森ちゃんははははと乾いた笑いを浮かべた。まるで愛想のない王国の姫のような気品のある笑顔だ。そうだ、いまならもしかして例のこと聞けるかもしれない。

「あの、さ」

「ん?」

「ゲーセンで会ったあのイケメンってもしかして水の森ちゃんの知り合い?なんだか仲良く喋ってたから」

「そ、昔付き合ってたの、振られちゃったけどね」

がーーーーーん、やはりとは思ったけど付き合ってたのか。しかも水の森ちゃんをふるとは許せんやつ。どうせ女をとっかえひっかえしてるんだろうな。腑が煮えたぎるぞ

「なんで振られちゃったの?って聞いていいのかな?」

「色々あってね、彼の言う通りに髪型変えたり、彼が嫌いなアクセサリーを捨てたりしたんだけど、飽きられたのかもね。ほら人間って『手に入った』って感じた瞬間に興味が薄れるというか、高嶺の花の状態であればプレゼントを一生懸命渡したり尽くしてくれたりするけど、自分のものになったら手のひらを返すように態度が変わって、残酷なものよね。でもしょうがないわ、私もそういうところあるし」

言っている意味が全くわからないが、そういうものなのか?一度も恋愛をしたことがないオレからすれば御伽噺のような内容だ。いわゆる所有欲というやつか?こんなとき恋愛漫画でも読んでおけば気の利いた返しができるのかもしれないのだけど、生憎恋愛経験値はゼロのモテない少年。

「振られる直前なんて、約束はやるぶるし、メールは返信しないしで散々だったわ。もう疲れちゃって別れましょうって私から切り出したけどほとんど振られたようなものね。それ以来、恋愛はしたくないし、下心丸出しで近づいてくる男は大嫌い。緑くんはそんなことないから全然好きよ」

それって恋愛対象外であることを宣言されたようなもんだよな。いいお友達ってことか。

「当時の一太郎は恋愛ゲームにハマってて毎日ゲームの話をしてたわ。月子は可愛いだとか月子は自分のことを一番理解してるだとか、ね」

あぶねーやつだな。現実と虚像の違いがわからなくなっているのか。でも、まてよ

「月子って言えば一昔前にパソコンの恋愛ゲームで危ないタイトルがあってさ、プレイヤーは必ず