Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

悪魔の契約

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カナダの電気技師は告白する、あれは人類にとって開けてはならないパンドラの箱だったのだと。

 


「私は上司に散々警告したのです。これは人類を破滅に導く、だから決してリリースしないでくれと。」

「その時、その上司はなんと?」

「オーケー、わかった。と。そう、はっきりと答えました。しかし彼はそれを裏切り一ヶ月後には【それ】をリリースしました。わたしにはなんの相談もありませんでした。」

「その時のエビデンスはありますか?なにか証拠のような電子媒体でも紙媒体でも構いません。」

「残念ながら、ありません。慎重な上司ですから、メールやチャットでは決してビジネスの話をしないのです。実に狡猾な男でした。」

 


彼は語気を荒げた。当時のことを思い出しているのだろう、顔面がちょうど茹で上げたタコの色のように真っ赤な色になった。

 


「わたしは一体どうなるんですか?全て会社の指示でやったんです。まさか逮捕されることなんて?」

「わかりません。これは明らかな組織犯罪です。しかし、それを立証する証拠がないと、、」

「そんな、妻になんて言ったらいいんです?娘のジーアはまだ6歳なんです。まだこれからお金がかかる。犯罪者の娘と知られたらどんなことが待ってるか。」

「落ち着いてください、エンデバーさん。まだ犯罪者になったわけじゃない。希望を持ちましょう。その上司の証言が得られれば事態はいい方向に向かうでしょう、少なくとも今よりは、ずっとね。」

 


しかし期待は裏切られ、最も避けるべき結果が待っていた。マーク、つまりその上司は、カール運河で溺死体として発見されたからだ。内ポケットのメモには聖書の一文が走り書きされていた。

 


 おお、神よ、なぜ光など与えたのです。

 望まなければ、

 失った時の絶望もなかったのに————

 


エンデバーはひどく混乱し憔悴していった。酒に溺れ、一週間、ろくに眠ることもしなかった。極端に痩せこけて、まるで老婆のように頬がむき出しになった。久しぶりに会うエンデバーは20歳は老け込んだように見えた。

 


「刑事さん、原子爆弾を発明したエンジニアは日本のヒロシマの変わり果てた景色を見て、自らの命を絶ったそうですね」

唐突に彼は話を始めた。もう目が朦朧としていて、こちらを認識しているのかそれすら怪しい。

「技術者は自らの力を過信してはいけないものだと思います。科学は人類を幸福にしますが、使い方を誤れば、時に牙を向けますからね。だからこそ高い倫理感を持ちなさい、大学の一年生はまず始めの講習で教授からそう教えられるのです。でも現実は違った。科学者の論理より、企業の論理が優先されることが、時としてあるのです。つまり利益追求ということです。やつは、マークは決算前でイライラしてました。もし今期で赤字を出したら我が部署は解散し、その責任は全て自分に向けられる、と。そして焦ったんでしょう。手を出してはいけない、危ない橋を渡ってしまったんです。悪魔との契約です。」

 


その後、エンジニアがどうなったかはわからない。噂によると精神病院にぶち込まれたとのことだが、真相は不明だ。企業の論理と科学者の倫理そして社会の断絶、それらの被害者であったのかもしれない。モンスターを作ったのは社会であり私であり、そして一人一人のあなただ。そう、今は結論付けている。

 


また第2、第3のモンスターを生み出すことになるのだろうか。いや、もうすでに生まれているのかもしれない。