Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

闇を歩く

白い銀色の山が、容赦無く顔を身体を攻撃し、これでもかと、体温を奪って行く、真っ白な息が、漆黒の闇に、はあはあと浮かび上がっては消えて行く。深呼吸するとマイナス0度の空気がこれでもかと肺をいじめてくる。


ザクザクと歩こうとするが、新雪が歩行を邪魔する。(そうか、ゲレンデで歩くのとはわけが違うんだな)

普段、自然だと錯覚しているものですら、どこかで人の力で守られているのだ。まぬけなことを考えながら北極星を見る。なんという美しい星だろう、命を狙われる立場だというのに橘は、その美しさにしばらく呆然とする。美しいな、自然は。日々、東京のコンクリートの上で汗を流す、橘にとって、木々や鳥たちのことなど考えたことはないし、そんなもの存在しないと思っていた。が、雪と美しい星々を目の前にすると、宇宙や地球のことを嫌でも考えざるを得ない。


なんて馬鹿なことをしたのだろう。たかが200万の組の金を奪った。しかしそんな金すらもないと生活ができないほどに、組合員は追い込まれていた。ヤクザがベンツを乗り回していた時代はとうに終わっている。


全てを死へと追いやる、氷と雪の世界が、なぜこんなにも美しいのか?それは死への憧れか、恐れが、畏怖か。あるいは37歳の橘にとって「死」というものがまだ身近なものではなく、どこか他人事のように思えるからかも知れない。死生観も年によって万華鏡のように、変わるものなのだ。


キィェーーーッ


遠くで鹿が鳴く声がする、雌を求める鳴き声だろうか。漆黒の闇は、光を音を吸い込む。深い雪によって何も音が聞こえなかった。橘は普段、どれほどの光と騒音に囲まれているかを実感した。ギラギラとした新宿のネオン、深夜まで聞こえてくる車の音、隣人の生活音、テレビから流れる芸人の下らない戯言。それらは、うるさく橘を孤立させるが、また、同時に寂しさを忘れさせてくれる重要なものでもある。雑踏はひとを突き放し、そして、時にひとを守る。死を忘れる瞬間、唯一のそれは雑踏だ。


暖をとらねば朝は迎えられない。


山道で避難用の小屋だろうか、小さな建物を見つけた。頑丈な扉を強引にこじ開けると、なんとか入れた。人がなんとか3人ほどは入れそうな小屋だった。夏は登山客の緊急避難用に使うのだろう。


折れた木々を集めて、ライターで火をつけようとする。しかし、湿気ているため、なかなか火がつかない。

(くそっ)

何度か挑戦して、ようやく火をつけた頃には指はガチガチに固まっていた。この時ばかりはIQOSではなく頑なに旧来のタバコを愛飲していて、よかったと橘は思った。後輩にはまだ、IQOSじゃないんですか?と揶揄されたが、新しいものに抵抗がある橘はどうしても加熱式タバコに慣れなかった。迷惑とわかっていても、タバコの煙を燻らせるも含めてタバコを吸うことだと、橘は考えていた。大衆居酒屋でさえタバコの煙は、それこそ煙たがれる。


メビウスの1ミリに火をつけて、気持ちを落ち着かせる。辞めたい辞めたいと思っていても、ものを考える時にタバコは外せないし、人と会っている時に、どうしても手持ち無沙汰になる。居酒屋ではまったく会話が弾まないのに、喫煙所ではなんでも話せるような気がする。