Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

秋の秋刀魚

商店街の通りには大抵、大衆居酒屋がありまして秋になると秋刀魚とサッポロビールの大瓶でやるのが習慣になりました。独身男を40年間もやってると大抵が面白くもない顔をしてグラビアアイドルやら芸能人の不倫などどうしようもない記事を読むのが楽しくて楽しくてたまらないのです。昔はバンドをやったり、それなりの小洒落た格好をしておりました。わずかですが恋人もいたもんです。しかしながら中年になると誰も声をかけてくれません。新宿の呼び込みか新興宗教の勧誘ぐらいなものです。寒くなると人恋しくなり一人で飲むのが嫌になってきます。安酒を喉に流し込んで、大抵は安いサウナに泊まるのです。一人暮らしの部屋が急に狭くなるのです。あのギシギシとうるさい音を立てる安アパートがどうしても嫌になってしまいます。まあるい穴が空いてるように思うんです。部屋の中の全てを飲み込むブラックホールみたいなもんですな。その孤独を埋めるように風俗へ通っていました。ピンサロやデリヘルありとあらゆるものです。いつか性病を患いすっかり引退してしまいました。ガールズバーメイド喫茶もまるで興味がなく折角の休日も散歩して立ち読みするぐらいしか楽しいことがないのです。

そうです、独り身の中年ほど暇な人種はいないのです。子供を儲けていればあるいは、子育てが忙しかったりするもんです。若い者は恋やら仕事やらで忙しいでしょう。知人もなにやらいそがしそうに毎日を謳歌しております。いや、わたしにはそう映るのです。

「太田くん、太田くんよ」

嫌な上司から名前を呼ばれました。ぼーっとすることがよくあるため「なまけもの」とよく呼ばれます。パワハラじゃないか、と思うのですが強く言えない性格が、あいもかわらず損な人生を歩ませています。

「君の報告書見たけど、これさ、ひどいね」

「はあ・・・」

「はあ、じゃないよ。記載欄に書いてあるぢゃないか、太田金一って。君の名前じゃないの?」

「たしかに、書いてありますな」

「でしょ?名前がかいてあるかぎりは責任持って仕事してもらわないと」

だいたいこの報告書はお前が書くものだろ、と喉にでかかりましたがぐっと堪えました。口論になっても大抵は私が負けるのです。抵抗せずに言われたことをやるほうが、解決が早いというのはこの20年間で培った処世術、のようなものでした。

パタパタと夜遅くまでオフィスで残業をひとりでやっていると、まるで世界で自分しかいないような錯覚を覚えるのですが、いまのじぶんにはこれがなんだかちょうどいいのです。いえにかえってもテレビをみるかラジオを聞くことしか思いつきません。嫌な上司は新人歓迎会と称して若い連中と飲みにいくと言っておりました。奴は気に入った連中を周りに置くのが好きな奴なんです。見たくない顔を見ずにすむのは、こちらにとっても幸いなことです。

「太田さん、またひとりで残業ですか?」

声をかけてくれたのはさゆりさんという若いじょせいです。

年齢は20歳だったと思いますが、ずいぶんしっかりした雰囲気で職場の人気ものです。私みたいなしがない中年にも声をかけてくれる、優しい方です

「ええ、報告書がボスの気に食わないものだったらしいのでその修正です。でもきょうは大丈夫、終電には間に合います」

「いい加減、しごとの断り方を知った方がいいですよ。はいはいとなんでも請け負ったらじぶんの仕事なんて全然すすまないじゃないですか。みんな太田さんに仕事をふって飲みに行っちゃって、損するのはあなたなんですからね」

「はあ・・・」

はっぱをかけられているのか、怒られているのかよくわかりませんがさゆりさんは私のことをよく気にかけてくれます。ご飯は食べているのか、服装はきちんとしているのか、どっちが年上かわかったもんじゃありません。昔こんなことがありました。社内政治に疎い私は要領の悪さも手伝い、飲み会の幹事をやらかしたことがあるのです。つまり誰を呼んだらだれを呼んじゃいけないという類のものです。上司には辛辣な言葉を浴びせられた、なんとも酷い飲み会でありました。それ以来、飲み会の幹事は懲り懲りだとそれだけは上司には報告しております。そんな時もさゆりさんは優しい笑みを浮かべて、しょうがないわねと各方面に誤りに行ってくれました。また彼女の株は上がり、私は厄介者のレッテルを貼られるのです。

「すみませんすみません」

私は枕詞のように謝るのが癖になりました。まわりはペコペコと謝るぺこちゃんとよばれるのでありました。