Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

熟れた毒リンゴ

「私は罪を犯しました。汚れた果実を食べたのです。身も心も汚れてしまいました。もう娘を抱く資格もありません」

「人は過ちを犯すものです。しかしその過ちを認めやりなおすことのできる強さをもっています」

トーマス神父はケイトの肩に手を置いた。グローブほどの大きな手にはたくましく剛毛が生えておりそれは西海岸の片田舎にある小麦畑を想起させた。

(この手で一体どれほどの女を抱いたのだろう)

ケイトは神父の右手を眺めながらふとそう思った。ちょうど街では神父に対する“ある疑惑”の噂話で持ちきりだった。夜な夜な女性信者を神父の家に招き寄せているというのであった。そこでなにが行われているかはわからない。わからないが悪い噂が流れるには格好の材料であることは間違いない。こんな田舎町では娯楽などゴシップや噂話ぐらいしかない。人間より鶏の数が多いというのがこの街での自慢話であった。噂はよりセンセーションな内容へと改変していった。大衆は真実より願望を信じる。

 


ステンドグラスからは西日が溢れていた。ケイトは昔の事を思い出していた。優しい母が作るシチューの匂い、頑固な父の顔、まだ元気だった飼い犬のジョン、そして憧れのマリー、その全てが懐かしかった。最後に旅行へ行ったのはいつの頃だろう。腹を抱えて笑うこともなくなった。なにを食べても感動しないのだ。最近は娼婦の香水でしか興奮することができないでいた。そういえばサキュバスは夜な夜な悪夢となって、男の精子を吸い出すと言っていた。ケイトにとって娼婦はサキュバスそのものであった。銀貨という銀貨を奪って行きついには親の貯蓄まで手を出すのであった。若い頃に借金では散々苦労した。もうあんな思いだけはしたくない。

 


「パンとワインがあったら貧しい人に与える、私はそんな人になりたいと思っています」

神父がふとそう話し始めた。

「人はそれを偽善と言うかもしれませんね。しかしそれは私のためでもあるのです。人の役に立つと実感した時こそ、人は幸福になれるのです」

「立派な考えだと思います。しかし、私は・・・」

ケイトが口を開けたところで神父は遮った。人に説教を邪魔されるのが酷く嫌う。この男は自分に酔っているサタンそのものであった。

「チャンスは誰でもあります。遅すぎると言うことは無いのです。変わろうと思った時に人はもう変わっています」

教会というのは片田舎にとって絶対的な存在である。政治でありコミュニティであり教育であり、またビジネスでもある。どんな色魔であろうと聖職者として認められるし、市民にとっては聖職者でなければならないのであった。矛盾を認めながら人は生きていかねばならなかった。ダブルミームと人はそれを呼んだ。平和を保つための戦争、愛を保つための浮気、平等を守るための差別など。ケイトは神父の汚れた瞳を見つめながら、そんな事をぼんやりと考えていた。

(矛盾を孕んでいるからこそ人は生きていけるのか)

世界を知ることなどできない

ファスト映画やTikTokが流行り、世の中のコンテンツ消費は加速を極めている。サブスクリプションサービスにより無限にコンテンツは生まれる。その多さに時間がついていかない人のために、いかに早く映像体験を消費するかというニーズを満たすのだろう。しかしながら映画館で2時間、ゆっくりと映画体験することとは本質が異なる。前者は知識を埋め込むことであり、後者は体験である。それのどちらが正しいものというわけではないだろう。「あれ、見てないの?」と他者から問い詰められることはままある。流行りに乗っかろうとすれば、最新の映画はチェックしなければならないし、鬼滅の刃は知らないといけない。そのこと自体は自然な行為であるし、否定されるものではない。皆、共通言語が欲しいのだ。それがプロ野球であり、オリンピックであり、ドラマであったりした。ただ、私自身は消費されるコンテンツより、一つ一つの作品とゆっくり向き合いたい。年間100冊読者するとか、新作アニメを全てチェックするのは不可能だし、疲れる。誰でもなく自分自身のためにエンタメコンテンツを体験したいからだ。まあ、ある意味でチェックすることと深く体験すること、それらをうまく住み分けすれば良いのかも知れない。YouTube大学でアニメ、本の紹介をザッピングして、気になれば深掘りする。チェックして、体験して、チェックして、体験。両輪の輪であり、どちらも必要なものなのだろう。

サイコプラス(小説版)

08_幽体離脱

 

昼間のタヌキ山公園はのんびりして時間がゆったり過ぎてゆく。深夜とは違った空気、人、太陽、そして何よりも何よりも光合成、木々が花が生命を謳歌しているように思える。オレのこの緑もあるいは光合成するためにあるのだろうか、とにかく日差しが気持ちよかった。こんな時は家に閉じこもってないで、外でゲームをするに限る。いつものことを別の場所でやるというものも違った景色が見えて楽しい。外で食べる弁当が美味しく感じるのに近いかもしれない。

「レベル、ステージ3に進みました。新しい能力を試してみましょう」
サイコプラスには相変わらず無味無臭なタイトルと、レベルアップを告げる。白い背景と黒字フォント、ゲームにしては寂しいユーザーインターフェースだがあるいは奇をてらったものなのかもしれない。リッチな演出を嫌うゲーマーも少なからずいる。
新しい機能か、これまでの機能は
1.植物を動かす
2.運を調節する
の2つだった。そろそろ火をコントロールしたり、時を止める能力なんか出ないものかしら。
「ステージ3、幽体離脱をしてみよう」
こ、これは、まさかの幽体離脱だと。肉体を離れて幽霊になるのか。壁を通り抜けたり、空を飛んだり?ちょっと怖そうだけど、面白そうではある。おもむろにスタートボタンを押してみる。
「入力を受け付けました。今から1時間以内に体に衝撃を与えてください。さもないと幽霊のままあなたは一生さまよい続けるでしょう」
なんだって。そういう警告は始める前に忠告するものだろう。一体、製作者はどういう神経をしているのだろう。相当性格の悪いデザイナーであることは間違いない。ふっと、一瞬、身体から精神が離れる感覚を得る。定点カメラのようにふわ、と視界が高くなりそこには一人の男が写った。つまりは緑丸、オレ自身がオレを眺める状態になるのだ。まるで映画のカメラワークのように上下左右自由に動ける。緑丸、つまりオレ自身を触ろうとしてみる、が、手が透けて実体に触ることができない。なるほど。移動は自由にできるがものが掴めないのか。そこで重要な事実に気が付いた。一体、この状態でどうやって体に衝撃を与えるのだろう?自分自身でたたくことはできない。であれば誰かに殴るなり蹴るなりして頼むしかない。しかも1時間以内に。困ったときは親友に頼るしかない

 * * *


「ぐふふ、ぐふーーー」
物理学教師を連想させるほど老けた男だが、彼はれっきとした16歳である。通称、センパイ、見た目でひとを判断するのは良くないがそれにしてもこの格好は、4畳一間の昭和を連想させる家はアイドルとアニメキャラクターで埋め尽くされた。『オールドタイプ』のオタクであろう。90年代は見た目も気持ち悪い、臭い、もてないアニメオタクが街中に溢れていたが、条例により駆逐されたそうだ。もちろんこれはジョーク。しかしながら綺麗なオタク、美しいオタクが国により推進され『オールドタイプ』と呼ばれるアニメオタクは街から消えていった。が、それは表上での話である。旧式は姿、形を変えてひっそりと生息していた。1人見つけたらその近くには10人は潜んでいると思え、とはネット上での都市伝説ではある。オタクは長らく迫害の対象とされていた。恋愛もできず、2次元のキャラクターと妄想の中で生きる、あるいは生きることのできない彼ら・彼女らはセクシャルマイノリティーと同様、偏見な目で見られていた。オタクの品格向上の施策が進められると、時代に対応できないオールドタイプはますます居場所を奪われることになる。彼らの聖地であった、アニメショップや秋葉原ニュータイプが進出することになったのだ。あろうことかカップルでアニメグッツを漁るものまで現れた。21世紀初頭では体制vs反体制による熾烈な戦争が勃発された。映画館ではアニメで埋め尽くされ、カップルのとなりにオールドタイプが鎮座し、紛争のタネとなった。特に混乱したのは芸能界である。ギャルのオタク化によりギャル語とオタク用語が入り混じり、そのたびに第一ソースの根拠争いで匿名掲示板は不毛な議論で埋め尽くされた。一部のオタクは譲歩し、ユニクロなどで清潔な格好を心がけるようになるが、一部のオタク原理主義者は頑なにファッション化を拒絶し、バンダナ、ジーパン、スニーカーの三種の神器で身を守り。そうした旧体制の反撃も虚しくアイドルによるオタク浄化作戦により、1人、また1人とオタクは戒心していった。本人達もそうされたと気が付かないほど自然に・・・こうした『オタク浄化っキャンペーン』により街中のオタク達が一掃されたが、オールドタイプは一層アングラ化を進め、家に引きこもりネット上で大暴れすることになったのだ。

「センパイ!センパイってば!俺だよ、綿貫緑丸、あんたの親友!幽霊なっちゃって、悪いんだけど本体を殴って欲しいんだ。1時間以内にやってくれないとこのまま幽霊で一生を終えることになりそうなんだよ!」

「ガ、ガハハハーーー」

てんで、だめだ。グラビアアイドル写真集に夢中でまるでオレの存在に気づいてないようだ。まずいぞ、誰にも気付かれない状態で、どうやって本体を殴って貰うんだ?おもむろにペンを取り出して紙に何か書こうとする、がしかし、手がすり抜けて物を持つことができない。センパイが無理なら次は東田のほうだ。

 

 * * *

 

「ホ、ホネーーー」

東田は案の定、骸骨のレプリカと戯れていた。骸骨コレクター、それが東田に名付けられた2つ目の名前だ。東洋人、西洋人、はてはアウストラロピテクスなど古今東西様々な骸骨を集めるのを趣味としている。法律上、骸骨を所有するには特別な許可が必要だとかで、東田が所有しているのはあくまで『レプリカ』である。幾つか本物っぽいものも紛れているが本人は頑なにレプリカだと豪語している。爬虫類や食虫植物など世間の人がグロいと思っている物に惹かれる気持ちは少し判る、判るもののこいつはちょっと逸脱しているような気がする。センパイといい、東田といい緑色のオレはどうやら奇人変人を吸い寄せる能力があるらしい。これだけはサイコプラスではないオリジナルの能力だろうな。だからと言って何に役に立つものではないが。

「東田!オレだよ、あんたの親友、緑丸。幽霊になっちまったんだ。頼むからなんとか本体のほうに衝撃をあたえてくれ」

「ホ、ホネーーーーーー」

こいつも駄目だ。全くオレの存在を認知していない。声も聞こえない、姿も見えない、物を動かすこともできない幽霊にどうやって存在を伝えることができるんだ?

「お兄様、大変です」

東田の部屋に白装束に身を包む少女が入り込んできた。この子はたしか東田の妹さん、

確か霊媒師の真似事をしていたと思っていたが

「お兄様の部屋の中に幽霊が潜んでいますわ」

「な、なんと?お前は幽霊が見えるはずだが、まさかオレの部屋が登場する日がくるとは・・・」

「は、はい。ここは特別幽霊が集まりそうな場所ではないのですが、しかし私初めてです。緑色の髪をした幽霊は」

「緑色の髪?もしかしてそいつは緑丸という名前では?」

「は、はい。必死に頷いていますわ」

「なんと、緑丸のやつ死におったか」

死んでねーわ。勝手に人を殺すな

「成仏こそ幽霊の願い、我が妹よ、緑丸を楽に成仏させてやれ!」

ちょっと、人の話を聞け

「悪霊退散、悪霊退散、成仏したまえ、イクイクアザラシ!」

十字架、ニンニク、聖水

 

 * * *

 

「み、水の森ちゃーーーん」

「あなたは緑くんの友人の、えーっと、たしか、西田くん」

「東田、東田だよ」

「ごめんなさい、人の名前と顔を覚えるのが苦手なの。どうしたの?血相を変えて、そちらの女の方は妹さん?」

「たたたた、大変なんだ。緑丸のやつ、死んじゃって幽霊になっちまったんだ」

「どういうこと?」

事の顛末を説明する東田、サイコプラスのことを

 

「今まで散々、私に恩を売っておいて、勝手に死んでんじゃないわよ!」

水の森ちゃんがその細い右手を握りしめ、100トンパンチが緑丸の顔面にクリティカルヒットする。その瞬間本体に強力な引力が発生したかのように引き寄せられる。やった、これで元に戻ることができるか?

「・・・も、戻った、のか?」

右手を開く、閉じるを繰り返す。思い通りに体を動かすことができる。肉体を思い通りに動かせる幸せを感じる。

ないものねだり

兎に角ひとは手に入らないものを欲しがる傾向にある。独身時代は伴侶が欲しいと思い、家族を持つと一人になりたいと思う。仕事を辞めて休みが欲しいと思えば、暇すぎて何か刺激が欲しいと思う。なんでも手に入れる前の瞬間がわくわくするものである。バイクを買って、乗って、改造して、北へ行ったり南に行ったり、しかし買った時の高揚感などすぐに薄れ、1年後には乗らなくなったりする。私が毎日忙しくて一人になりたいと思っていても時が過ぎれば『楽しい日々であった』と思うのだろう。仕事も育児も一生懸命にやって(もちろん当事者に楽しむ余裕など微塵もない)あの頃は忙しい時代であったと、グラスを傾け一人で物思いにふけるのだ。引退したあとに暇すぎるのも、あるいはつらいものかもしれない。大事なのはあるがままを受け入れることなのかもしれない。自分の置かれた状況、こと、その全てをありがたく受け取る。育児が忙しいのであればそれを楽しむのだ。自分にとって自然のことも、他人にとってはあるいは喉から手が出るほど欲しいものなのかもしれない。仕事があって、家があり、晩御飯が用意され、週末には子供と遊べるそんな人生を夢見て生きているひとも多いのだ。美しい女性に囲まれ、富と名誉に溺れる富裕層になる必要はないのだ。私は誰に干渉されるでもなく、ただ、静かに本が読めればそれでいい。そんなこと毎日の通勤時間でできることなのだ。家族は別として、何の関係のない誰かのことで頭を悩ませたり、自分の人生に関わってくるのは御免である。私は他人にそれほどの興味は持てない。死のうが生きようが勝手である。好きにしろ、と。山に登り、景色を眺め、知人と釣りをして、帰って酒を飲み、たまに小説を書く。誰に読ませるものでもなく、ただ自分のために。家族は健康で、金持ちと言えなくてもいくばくかの貯蓄と、健康と、車が買えるぐらいの所得を持ち、出世しなくとも自分の大好きなパソコン(なぜか私は昔からパソコンを触るのが好きであった)をいじる、向上心がないのも問題だが、欲求が深いのもまた問題である。やってもやっても、飲んでも飲んでも満足しない。買っても遊んでもつまらない。腹八分、そこそこがちょうどいいのだ。

 

サイコプラス(小説版)

06_運の調節②

 

今、オレは非常に緊張している。なぜならばこれから他人の家に忍び込むからだ。黒い頭巾に黒いTシャツ、そしてズボン、盗人のスタイルとしては100点満点だと思う。
水の森ちゃんは、元カレの一太郎を助けるつもりだ。ゲームの月子に洗脳された彼を助けて、そのあとはどうするつもりなのだろう。もとさやに戻るつもりなのかも知れない。もしかしてまだ未練があるのだろうか?聞いてみたいけどそんな勇気とてもじゃないけどありはしない。一太郎を助けるための手助けなんてそんな、敵に塩を送るようなまねはしたくないのだけど、だからといって水の森ちゃんを一人で行かせるのは危険なような気がする。
N市の中心部に一太郎の家はあった。ポツポツと雨が降り出し、空は闇に覆われ、まるでこれから起こる惨事を暗示しているかのようだ。水の森ちゃんの作戦はこうだ。一太郎の家に侵入してARアバター『月子』がインストールされているパソコンを破壊する。クラウドゲームである『月子』はサーバー上にデータがあるもののログインデータはクライアントに保存している。ネットの記事によるとカルトゲーム『月子の契り』はディスプレイから出力する電波と、繰り返し行われる短期イベントによりプレイヤーの日常生活を侵していくらしい。昼夜、関係なく、スマートフォンのポップアップでプレイヤーの生活に割り込み侵入していく。やがてプレイヤーは月子のことだけど考えるようになり、ある日リアルと仮想現実が逆転する。日常に合わせてゲームをプレイするのではなく、ゲームに合わせて生きるようになるのだ。睡眠時間は極端に減り、食事もまともに取れなくなる。仕事もしなくなり、人間関係も希薄になってゆく。やがてプレイヤーは自死へと追い込まれるのだ。
「おまたせー」
「緑君、遅い!10分も遅刻よ」
「ごめんごめん、他人の家に侵入するなんて初めてだから、支度に手間取っちゃって」
「言い訳はなし!さあ、忍び込むわよ」
「・・・って正面からいきなり?」
「あはん、大丈夫。。一太郎の両親は二人とも海外に単身赴任だからよく家を留守にするのよ。家の中はおそらく彼ともう一人、月子だけなはずよ」
「本当にぶっこわすの?一応、ハンマーは持ってきたけど」

そう言って手提げ袋からディスカウントストアで購入した業務用のハンマーを取り出した。デスクトップパソコンを破壊するぐらいなら10分で粉々にできそうだ。
「あたり前でしょ、このままじゃ一太郎が死んじゃうわ。目の前に死にそうな人がいて無視なんてできるわけないでしょ」

と言いながら彼と元さやになるんでしょ、そしてあんなことやこんなことや・・・うわわ、例のまた嫌な妄想が止まらない。一体、彼とどこまで進んでいたんだろうか?手は繋いでキスもして、クリスマスは一緒に過ごして、まさかこの家に泊まったりとか?純粋な少年には辛すぎる妄想だ。

「水の森ちゃん、だめだよ。家の人しか入れないようになっている」

「ノープロブレム、緊急用のパスワードを覚えているから。家の人が死んだ時のためのものだから。たしか、パンツのシミ臭い臭い(8243931931)」
彼女の口から発声されたとは思えない単語が次々と

「あ、オパオパだ」
球体に小さな羽、宇宙戦で使われる戦闘機を想起させるような物体が闊歩している。
「違うわ、あれはホームセキュリティー!遠隔操作されていて、侵入者を検知して民間の警備会社に通知するのよ。富裕層では当たり前に設置されているの」
「ということは俺たちの侵入もばれている?」
「・・・かもしれない。でも警告音がならないのが気になるわね。ネットで見かけた情報じゃ侵入者を検知した瞬間にうるさいアラームが鳴るはずだけど、デマだったのかしら」
突如、立体映像が表示される。ホームセキュリティーにこんな機能があるのか?細い体にしなやかな手、少し病弱な少女を連想させるアバターだ。まさか、こいつ。
「あなた、月子ね!」
「お察しの通り、私はARアバター月子。あなたは誰?
 ここは一太郎と私の愛の巣なの。邪魔をしないで頂戴」
「そんなわけにいかないわ、あなた一太郎をどうするつもりなの? ろくに食事もしない、睡眠も取れない、このままじゃ一太郎は死んでしまうわ」
「・・・私は一太郎を愛してしまった。 彼の心、身体全てが愛おしい」
「愛してしまったですって?あなたただのプログラムよ、人間とは違う?」
「そうかしら?人間の脳みそだった電気信号のシナプスの挙動よ。0と1のデジタル世界であるコンピューターと基本原理は一緒だわ。コンピューターと人間が恋愛することだってなんら不思議はないわ」
「そ、それはそうかもしれないけど」
水の森ちゃん、それは納得するのか。やはりあなたは世間とずれている。
「でもあなたは複数のユーザーと恋愛しているわ。恋愛は唯一のもの。多数対単体だなんて、ありえないわ」
「ふふふ、あなた恋愛をしたことないのね。真実というものは人の数だけ存在するのよ。月子という存在もユーザーの数だけ存在する。であればそれぞれの恋愛があったって当然でしょう?それに、人間だってちゃんと浮気するじゃない。人を一人愛するだなんてありえないわ」
「逸脱した論理だわ。一人の人をちゃんと愛するのが真実の愛というものだわ」
オレには分からない恋愛論が展開されていく
浮気、一途、それぞれの真実?考えたこともないし、自分には関係ないものだ
そしてこれからも関係のないことなんだろうなあ、くそー
「オレと月子は相思相愛、誰もオレ達の間を邪魔することはできない」
突然、水の森ちゃんの背後に細身の男が現れる。
間違いなく一太郎だが、なんだか様子がおかしい。
目が虚ろで表情もまるでない。ゾンビのように覇気もなく歩いている

「く、苦しい」
突如、水の森ちゃんの首を締め付け、持ち上げる
華奢な身体からは想像できないような、まるでプロレスラーのような力強さだ。
「ば、ばかじから!」
「ぶー、ぶー、ぶー、警告、警告、危険レベルマックスが近づいています
 運の調節を使いますか?イエス?オア、ノー?」
「イエスエスエス!」
「サイコプラスを持ってきたの?」
「こんなこともあろうかと、運の調節ができるのなら、危険だって回避できるはずだよ」
「イエス、ですね。危険レベルマックスなので運がゼロになりますがよろしいでしょうか?」
「ゼ、ゼロだって?ということはオレはこれから運なく一生を過ごすってこと?

「イエス、ですね。危険レベルマックスなので運がゼロになりますがよろしいでしょうか?」
「ゼ、ゼロだって?ということはオレはこれから運なく一生を過ごすってこと?
「緑くん、だめよ運は大事に使わないと。このままじゃあなた一生不幸男として独身を過ごし、孤独死するわ」
「それはあまりに悲観的すぎでは?兎に角
 
 それに・・・
「それに?」
「水の森ちゃんはオレの大事な友達だ。ほっとけるわけないでしょ」
左手で小さなピースを作る。精一杯の虚勢を張ってみるがうまく笑えなかった。
「サイコプラス、オレの運を全部、お前に預けるからなんとかしてみやがれ」
「ワカリマシタ
ボンッと爆発音がして、ホームセキュリティーに煙が立ち上がる。しまった、電気系統のショートか。このあとは、まさか?予測通り、上からシャワーが自動的に吹き出す。高級住宅では当然、設置されている、防火装置だ。電気のショート、水浸し、これから連想させることは・・・まずいサイコプラスが電気のショックで壊れるのでは?防水機能はあると思うが電気の

「緑君!」
「来ちゃだめだ、ここから先はあぶない」
やばい、水と電気のショックで意識が遠のく。その時、意識の先で月子の断末魔が聞こえてきた。よかった、ディスカウントストアで買ったハンマーを使う必要はなさそうだ。これで一太郎は洗脳を解かれるはず、よかった・・・・

 

 ・・・
 
「結局、あなたの洗脳は私と付き合っている時にずっと続いていたのね」
夜の住宅街、水の森雪乃と一太郎は二人で歩いていた。緑丸というと一太郎に背負われて、ぐーぐーと寝息を立てている。どうやら命に別状はなさそうだ。
「ああ、ちまたで流行っている、自殺ゲームというものが気になってね。半分冗談のつもりで初めてみたんだ」
「あなた、そういうところあるわよね。狂気殺人だとか、集団自殺だとかに異常に興味を持つ」
「まあね、オレの悪いところだ。興味があると何も考えずに突っ走ってしまう。今回もそのパターンだろうな。初めてすぐに月子に取り付かれたよ。寝ても覚めても月子のことばかり、ゲームの時間が長くなり、やがて現実の人間関係が希薄になっていく。食事の回数も減っていき、睡眠時間も一日に2、3時間だ。今思えば典型的なゲーム依存症だ」
「まあ、これで良かったんじゃない?ゲームも
「・・・お前はもう俺に興味がないんだな」

「そうね、あなたとは昔付き合った人というだけの関係よ私にとっては1カウントにもならない」
「彼、綿貫緑丸はもしかして彼氏候補か?相当、お前のことを気に入っているようだけど」
「それはわかる。彼はいい人だし、天然だし、一生懸命だし。でも、私は誰かと付き合ったりできる状態じゃないの。だからもしそんな日が来たら、あるいは」
「そうか、そうならいいよ」

サイコプラス小説版

05_運の調節①

カビ臭い匂い、きらびやかな店内、うるさいゲーム音、まるで宇宙船の中にいるかのような錯覚を覚える。オレにとってゲーセンはそんなところだ。大昔はタバコの匂いが充満してたらしいけど、すっかり分煙が進み、綺麗な社交場となっている。

デジタルマネー対応が進み、現金がまったく使えないため「Mマネー」という電子マネーを使ってプレイするのが最近の主流になりつつある。ポイントも貯められて、プレイ履歴も保存できる。RPGのようなレベルを保存して、次回の続きからプレイできるようなジャンルにも対応されている。

「水の森ちゃん、ちょっと待ってて。コインゲームのためのコインが100万枚あるから貸してあげるよ」

先週、コイン落としのゲームでジャックポットを当てたため、多くのコインが預けたままで放置されている。パチンコやパチスロと違って金を稼ぐことはできないけど、プレイ権利が獲得できること、そして、その権利を友達に分けることができるのがコインゲームのいいところだ。東田とセンパイともよくコインの貸し借りをしてお小遣いを節約しつつ遊んでいる。月に5000円の小遣いで買い切りのゲームを買ったら一瞬でなくなってしまうため、俺たちは色んな方法でゲームをする機会を探している。無料のスマートフォンゲームやら、オンラインゲームやら。広告がうっとしいものの無料で遊べる魅力にはかなわない。

「すみません、コインの引き落としをお願いしたいのですが」

「了解しました。枚数指定ですか?それとも全部引き落としでしょうか?」

「とりあえず、枚数指定で1万枚を」

ゲームセンターの店員はロールプレイングゲームの村人Aのような無機質な対応でメダルの引き落とし作業が行われ、ジャラジャラとメダルが放出される音が流れる。この時間がすこし気まずい。円形のメダルボックスを自分用と水の森ちゃん用に用意してメダルを入れてもらう。うむ、これってデートみたいだ。カップル席に座れたらいいけど、それはちょっとやりすぎだな。たぶん、相手に嫌な思いをさせる。

ふと水の森ちゃんを見るとすでに格闘ゲームをやっている。勝率モニターをみると100%となっている。さすがコンピューターガール。ギャラリーが店内であふれかえりそうだ。メダルゲームはひとりでやってようかな。彼女は格闘ゲームに夢中のようだ。メダルを落とさないように気をつけて目的の筐体へ向かう。そろりそろりと。

「どんっ!」

ふいに誰かから背中を押されバランスを崩す。やばい、水の森ちゃんもいるのに醜態をさらすことになる。思い切って右脚を出して踏ん張る。セーフ、なんとか恥をかかないですんだか・・・と思ったらなんと再び背中にぶつかる。オレってなんて不運なんだ

「がっしゃーーーーーーーん!」

や、やってしまった・・・よりによって1万枚のメダルを店内にぶちまけてしまった。とほほ、意中の人と一緒なのにカッコ悪い姿を見せてしまった。

「緑くん、大丈夫?」

「だ、大丈夫、水の森ちゃんは格闘ゲームで遊んでなよ」

「そんなわけにはいかないでしょ、こんな大量のメダルを一人で拾えないわ」

他人の目が痛い、オレってなんて不運。考えてみればいつも不幸なことばかりだよな。バスではギリギリで乗り遅れたり、大好きなコンビニのツナマヨおにぎりは売り切れていたり。ようやく半分のメダルが回収できたか、しかし、これじゃまったく終わりが見えないぞ。

水の森ちゃんと2人でコインを集めているとふいに店員さんが声をかけてくれた。

「大丈夫ですか?手伝いますよ」

「すみません」

クールないでたち、しなやかな手、間違いなくモテないオレらの敵である、いわゆる「イケメン」だ。こいつらはヒエラルキーの低層であるオレ達にも優しく声をかけてくる。それがまた女性達の支持を得る秘訣なのだろう。真似したくてもできない。悔しいがそれが現実だ。

水の森ちゃんの表情が固い、イケメンに緊張しているのだろうか?あるいは男性に対する防御耐性がはじまったのか?

一太郎?」

「雪乃か、久しぶりだな」

「ゲームセンターで働いてるんだ。知らなかった」

「ああ、ずいぶんと連絡してないからな。元気か?」

「元気、っちゃ元気かな。そっちは?」

「同じようなもんさ。毎日レポートに追われてバイトするか、寝るか」

ん?この2人知り合いなのか?しかも二人とも呼び捨て、いったいどういう関係なんだ?

「じゃあ、オレは仕事があるからこれで失礼するよ」

「うん、わかった。またね」

なぞのイケメンが水の森ちゃんから立ち去ろうとする。

「い、いいの?水の森ちゃん? 知り合いがいるならオレは先に帰ってるけど」

「大丈夫よ」

「なにか渡されたみたいだけど、なんかのメモ?」

おそらくポストイットかなんかだろうか。3センチメートル四方ほどのメモを渡されたらしい。

「なにも言わずにこれだけ、渡されて行ってしまったわ」

 


結局、ゲーセンでの盛り上がりが冷めきったため、オレ達はその場を去ることになる。謎のイケメンのこと聞きたいけど、聞けない。そんな仲じゃないような気がして。

「それよりどうなの?サイコプラスの調子は?」

「ああ、そういえばそうだね。ずっと起動しっぱなしだったからだいぶ経験値はたまったはずなんだけど、なになに?あ!」

「どうしたの?」

「レベルが上がってる・・・やっぱりこいつ経験値をためることで能力が増えてくんだ。魔法使いの魔法が増えていくように、戦士のアクションが増えるように」

「レベル1が木を自由自在に操る能力、レベル2からはどんな能力になるのかしら。予知能力?テレポーテーション?はたまたタイムリープかしら。なんだか夢が広がるわね」

「ちょっとまってね、今説明書を読み上げるから。なになに『レベルアップおめでとうございます。あなたはサイコプラスのラーニングによりレベル2になりました。次のステージでは運の調節をします』

「運?運ってどういうことかしら?

「そんなのわからないよ」

「やっぱりそのゲーム胡散臭いわね。

ブーーーーーブーーーーブーーーー!

突如サイコプラスがサイレンのようなやかましい音を鳴らし始めた。

「う、うるさいなコイツ

「ケイコクシマス、ケイコクシマス。キケンレベル1ガセッキンシテオリマス。ウンをショウヒしてカイヒしますカ?YES、NO?」

一体どうすればいいんだ?うるさくて周りの目がいたい。サイレントモードを設定し忘れたスマートフォンに着信したときのような気まずさだ

「よ、よくわからないけどYES、YES!」

どうやら音声認識で入力してほしいみたいだ。

「ニュウリョクをウケツケマシタ。ウンをシヨウしてキケンレベル1をカイヒします」

よ、ようやくサイレンが停止した。助かったが運を使用するってどういうことだろう?

「あ!緑くん、あぶない」

なんだ次から次へと、今日は疲れる日だな。と思ったら頭上からハンマーのように花瓶が落ちてきた。メダルゲームの件といい本当に今日は災難が続くな。とほほ。

「どんっ!」

と思ったら後ろから誰かに押され、直前で大流血を回避した。なんという幸運。

「だ、大丈夫?緑くん、災難続きだったけど幸運だったわね」

「ギリギリセーフだね、まだ心臓がバクバク言っているよ。ん?まてよ」

幸運だったということは、まさか。サイコプラスをみてみる。やっぱり予想した通り運のパラメーターが減っている。先程は1000だった数値が950だ。

「間違いない、サイコプラスの次の能力は運を調節して災難を回避するんだ。

「どういうこと?」

「この数値を見てよ。さっきは1000だったパラメータが950に減っている。そしてぶつかりそうだった花瓶がギリギリのところで回避できた。つまり」

「つまり?」

「パラメータを消費することで運をコントロールできるってことだよ。MPを消費して魔法を使うマジシャンのように」

「でも、それって大丈夫なのかしら?」

「大丈夫ってなにが?」

「緑くんの運のパラメータが950ってことはそれが0になったらどうなっちゃうのかなって・・・ほら、昔の漫画になかった?悪魔と契約して望みをかなえるごとに身長が1ミリずつ短くなっちゃうってやつ。のぞみがエスカレートしてついに主人公の存在が消えちゃうの」

「そ、それはどうなるんだろう。サイコプラスも説明が少ないんだよね。運が調節できるってことしか説明がなくてそのあとのことがなんとも」

「と、とにかく無駄遣いしないほうがいいわ。危険レベルってあるからその大小によってパラメータの消費が決まるってことよね。つ

 


「考えてみると俺ってば三国一の不運男でさ、バスには乗り遅れるは鳩にはフンを落とされるわで今まで人生でいいことが一度も起きないんだよね」

「馬鹿ねぇ、そんなこと誰にでもあるわよ」

そう言って水の森ちゃんははははと乾いた笑いを浮かべた。まるで愛想のない王国の姫のような気品のある笑顔だ。そうだ、いまならもしかして例のこと聞けるかもしれない。

「あの、さ」

「ん?」

「ゲーセンで会ったあのイケメンってもしかして水の森ちゃんの知り合い?なんだか仲良く喋ってたから」

「そ、昔付き合ってたの、振られちゃったけどね」

がーーーーーん、やはりとは思ったけど付き合ってたのか。しかも水の森ちゃんをふるとは許せんやつ。どうせ女をとっかえひっかえしてるんだろうな。腑が煮えたぎるぞ

「なんで振られちゃったの?って聞いていいのかな?」

「色々あってね、彼の言う通りに髪型変えたり、彼が嫌いなアクセサリーを捨てたりしたんだけど、飽きられたのかもね。ほら人間って『手に入った』って感じた瞬間に興味が薄れるというか、高嶺の花の状態であればプレゼントを一生懸命渡したり尽くしてくれたりするけど、自分のものになったら手のひらを返すように態度が変わって、残酷なものよね。でもしょうがないわ、私もそういうところあるし」

言っている意味が全くわからないが、そういうものなのか?一度も恋愛をしたことがないオレからすれば御伽噺のような内容だ。いわゆる所有欲というやつか?こんなとき恋愛漫画でも読んでおけば気の利いた返しができるのかもしれないのだけど、生憎恋愛経験値はゼロのモテない少年。

「振られる直前なんて、約束はやるぶるし、メールは返信しないしで散々だったわ。もう疲れちゃって別れましょうって私から切り出したけどほとんど振られたようなものね。それ以来、恋愛はしたくないし、下心丸出しで近づいてくる男は大嫌い。緑くんはそんなことないから全然好きよ」

それって恋愛対象外であることを宣言されたようなもんだよな。いいお友達ってことか。

「当時の一太郎は恋愛ゲームにハマってて毎日ゲームの話をしてたわ。月子は可愛いだとか月子は自分のことを一番理解してるだとか、ね」

あぶねーやつだな。現実と虚像の違いがわからなくなっているのか。でも、まてよ

「月子って言えば一昔前にパソコンの恋愛ゲームで危ないタイトルがあってさ、プレイヤーは必ず