Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

サイコプラス(小説版)

06_運の調節②

 

今、オレは非常に緊張している。なぜならばこれから他人の家に忍び込むからだ。黒い頭巾に黒いTシャツ、そしてズボン、盗人のスタイルとしては100点満点だと思う。
水の森ちゃんは、元カレの一太郎を助けるつもりだ。ゲームの月子に洗脳された彼を助けて、そのあとはどうするつもりなのだろう。もとさやに戻るつもりなのかも知れない。もしかしてまだ未練があるのだろうか?聞いてみたいけどそんな勇気とてもじゃないけどありはしない。一太郎を助けるための手助けなんてそんな、敵に塩を送るようなまねはしたくないのだけど、だからといって水の森ちゃんを一人で行かせるのは危険なような気がする。
N市の中心部に一太郎の家はあった。ポツポツと雨が降り出し、空は闇に覆われ、まるでこれから起こる惨事を暗示しているかのようだ。水の森ちゃんの作戦はこうだ。一太郎の家に侵入してARアバター『月子』がインストールされているパソコンを破壊する。クラウドゲームである『月子』はサーバー上にデータがあるもののログインデータはクライアントに保存している。ネットの記事によるとカルトゲーム『月子の契り』はディスプレイから出力する電波と、繰り返し行われる短期イベントによりプレイヤーの日常生活を侵していくらしい。昼夜、関係なく、スマートフォンのポップアップでプレイヤーの生活に割り込み侵入していく。やがてプレイヤーは月子のことだけど考えるようになり、ある日リアルと仮想現実が逆転する。日常に合わせてゲームをプレイするのではなく、ゲームに合わせて生きるようになるのだ。睡眠時間は極端に減り、食事もまともに取れなくなる。仕事もしなくなり、人間関係も希薄になってゆく。やがてプレイヤーは自死へと追い込まれるのだ。
「おまたせー」
「緑君、遅い!10分も遅刻よ」
「ごめんごめん、他人の家に侵入するなんて初めてだから、支度に手間取っちゃって」
「言い訳はなし!さあ、忍び込むわよ」
「・・・って正面からいきなり?」
「あはん、大丈夫。。一太郎の両親は二人とも海外に単身赴任だからよく家を留守にするのよ。家の中はおそらく彼ともう一人、月子だけなはずよ」
「本当にぶっこわすの?一応、ハンマーは持ってきたけど」

そう言って手提げ袋からディスカウントストアで購入した業務用のハンマーを取り出した。デスクトップパソコンを破壊するぐらいなら10分で粉々にできそうだ。
「あたり前でしょ、このままじゃ一太郎が死んじゃうわ。目の前に死にそうな人がいて無視なんてできるわけないでしょ」

と言いながら彼と元さやになるんでしょ、そしてあんなことやこんなことや・・・うわわ、例のまた嫌な妄想が止まらない。一体、彼とどこまで進んでいたんだろうか?手は繋いでキスもして、クリスマスは一緒に過ごして、まさかこの家に泊まったりとか?純粋な少年には辛すぎる妄想だ。

「水の森ちゃん、だめだよ。家の人しか入れないようになっている」

「ノープロブレム、緊急用のパスワードを覚えているから。家の人が死んだ時のためのものだから。たしか、パンツのシミ臭い臭い(8243931931)」
彼女の口から発声されたとは思えない単語が次々と

「あ、オパオパだ」
球体に小さな羽、宇宙戦で使われる戦闘機を想起させるような物体が闊歩している。
「違うわ、あれはホームセキュリティー!遠隔操作されていて、侵入者を検知して民間の警備会社に通知するのよ。富裕層では当たり前に設置されているの」
「ということは俺たちの侵入もばれている?」
「・・・かもしれない。でも警告音がならないのが気になるわね。ネットで見かけた情報じゃ侵入者を検知した瞬間にうるさいアラームが鳴るはずだけど、デマだったのかしら」
突如、立体映像が表示される。ホームセキュリティーにこんな機能があるのか?細い体にしなやかな手、少し病弱な少女を連想させるアバターだ。まさか、こいつ。
「あなた、月子ね!」
「お察しの通り、私はARアバター月子。あなたは誰?
 ここは一太郎と私の愛の巣なの。邪魔をしないで頂戴」
「そんなわけにいかないわ、あなた一太郎をどうするつもりなの? ろくに食事もしない、睡眠も取れない、このままじゃ一太郎は死んでしまうわ」
「・・・私は一太郎を愛してしまった。 彼の心、身体全てが愛おしい」
「愛してしまったですって?あなたただのプログラムよ、人間とは違う?」
「そうかしら?人間の脳みそだった電気信号のシナプスの挙動よ。0と1のデジタル世界であるコンピューターと基本原理は一緒だわ。コンピューターと人間が恋愛することだってなんら不思議はないわ」
「そ、それはそうかもしれないけど」
水の森ちゃん、それは納得するのか。やはりあなたは世間とずれている。
「でもあなたは複数のユーザーと恋愛しているわ。恋愛は唯一のもの。多数対単体だなんて、ありえないわ」
「ふふふ、あなた恋愛をしたことないのね。真実というものは人の数だけ存在するのよ。月子という存在もユーザーの数だけ存在する。であればそれぞれの恋愛があったって当然でしょう?それに、人間だってちゃんと浮気するじゃない。人を一人愛するだなんてありえないわ」
「逸脱した論理だわ。一人の人をちゃんと愛するのが真実の愛というものだわ」
オレには分からない恋愛論が展開されていく
浮気、一途、それぞれの真実?考えたこともないし、自分には関係ないものだ
そしてこれからも関係のないことなんだろうなあ、くそー
「オレと月子は相思相愛、誰もオレ達の間を邪魔することはできない」
突然、水の森ちゃんの背後に細身の男が現れる。
間違いなく一太郎だが、なんだか様子がおかしい。
目が虚ろで表情もまるでない。ゾンビのように覇気もなく歩いている

「く、苦しい」
突如、水の森ちゃんの首を締め付け、持ち上げる
華奢な身体からは想像できないような、まるでプロレスラーのような力強さだ。
「ば、ばかじから!」
「ぶー、ぶー、ぶー、警告、警告、危険レベルマックスが近づいています
 運の調節を使いますか?イエス?オア、ノー?」
「イエスエスエス!」
「サイコプラスを持ってきたの?」
「こんなこともあろうかと、運の調節ができるのなら、危険だって回避できるはずだよ」
「イエス、ですね。危険レベルマックスなので運がゼロになりますがよろしいでしょうか?」
「ゼ、ゼロだって?ということはオレはこれから運なく一生を過ごすってこと?

「イエス、ですね。危険レベルマックスなので運がゼロになりますがよろしいでしょうか?」
「ゼ、ゼロだって?ということはオレはこれから運なく一生を過ごすってこと?
「緑くん、だめよ運は大事に使わないと。このままじゃあなた一生不幸男として独身を過ごし、孤独死するわ」
「それはあまりに悲観的すぎでは?兎に角
 
 それに・・・
「それに?」
「水の森ちゃんはオレの大事な友達だ。ほっとけるわけないでしょ」
左手で小さなピースを作る。精一杯の虚勢を張ってみるがうまく笑えなかった。
「サイコプラス、オレの運を全部、お前に預けるからなんとかしてみやがれ」
「ワカリマシタ
ボンッと爆発音がして、ホームセキュリティーに煙が立ち上がる。しまった、電気系統のショートか。このあとは、まさか?予測通り、上からシャワーが自動的に吹き出す。高級住宅では当然、設置されている、防火装置だ。電気のショート、水浸し、これから連想させることは・・・まずいサイコプラスが電気のショックで壊れるのでは?防水機能はあると思うが電気の

「緑君!」
「来ちゃだめだ、ここから先はあぶない」
やばい、水と電気のショックで意識が遠のく。その時、意識の先で月子の断末魔が聞こえてきた。よかった、ディスカウントストアで買ったハンマーを使う必要はなさそうだ。これで一太郎は洗脳を解かれるはず、よかった・・・・

 

 ・・・
 
「結局、あなたの洗脳は私と付き合っている時にずっと続いていたのね」
夜の住宅街、水の森雪乃と一太郎は二人で歩いていた。緑丸というと一太郎に背負われて、ぐーぐーと寝息を立てている。どうやら命に別状はなさそうだ。
「ああ、ちまたで流行っている、自殺ゲームというものが気になってね。半分冗談のつもりで初めてみたんだ」
「あなた、そういうところあるわよね。狂気殺人だとか、集団自殺だとかに異常に興味を持つ」
「まあね、オレの悪いところだ。興味があると何も考えずに突っ走ってしまう。今回もそのパターンだろうな。初めてすぐに月子に取り付かれたよ。寝ても覚めても月子のことばかり、ゲームの時間が長くなり、やがて現実の人間関係が希薄になっていく。食事の回数も減っていき、睡眠時間も一日に2、3時間だ。今思えば典型的なゲーム依存症だ」
「まあ、これで良かったんじゃない?ゲームも
「・・・お前はもう俺に興味がないんだな」

「そうね、あなたとは昔付き合った人というだけの関係よ私にとっては1カウントにもならない」
「彼、綿貫緑丸はもしかして彼氏候補か?相当、お前のことを気に入っているようだけど」
「それはわかる。彼はいい人だし、天然だし、一生懸命だし。でも、私は誰かと付き合ったりできる状態じゃないの。だからもしそんな日が来たら、あるいは」
「そうか、そうならいいよ」