「本来のシンギュラリティとはAIが人間の能力を超えることではなく、人間とその他の違いが無くなることを指します」
「・・・と言いますと?」
神崎はやれやれと言った雰囲気でコーヒーを置いた。彼なりの議論を進めるためのテクニックなのだろう、10秒ほど間を開けた。コサカはそれに付き合う。待つことと耐えることには慣れている。戦地では2週間補給物資が届かないこともあるのだ。千葉浦安での内地戦ではなにも口にせずにマンションで待機したこともあった。もう三年前の話である。
「つまり、AIか人間かという二元論は意味を持たないと言うことです。どこまでがシステムでどこまでが人間かという境目は本来ないのです。我々はスマートデバイスを使ってると思っている。しかしスマートデバイスは我々を使ってると思う」
「スマートデバイスが我々を使っている?」
「そうです。SNSで利用者がプライベート情報を差し出す、位置情報を、写真を、渡航歴を、性癖を。システムの命令によってね。集めたデータをもとにシステムはバージョンアップされ、再び利用者に享受されるという、サイクルが生まれます。我々はこれをエコシステムと呼んでいます。持続可能なシステムサービスを生態系になぞられて、そう表現しているのです。ちょうど肉食動物と草食動物が食う食われるの関係でありながら、お互いに生存できるバランスを保っているように」
「・・・」
「エコシステムのなかに真の勝者はいません。もちろん食う食われるの関係ではありますが、どちらが欠けてもどちらとも存在できないことを知ってるのです」
「つまりはWinWinの関係と?」
「・・・古い言葉を使いますね。さすが公務員様だ」
神崎は嘲笑するような蔑む目でコサカを見下した。サドっ気たっぷりに目を半月のように細める。
「失礼、間に触ったら謝ります。どうも誤解を生むような喋り方しかできなくてね。上司からも嫌われる性分で。他意はないのです。ただ事実だけを喋りたくて・・・」
悪い人ではないのだろう、本当に反省しているようにコサカにの目には写った。しかし人に好かれるタイプでは無さそうだ。
「ところであなたは、ホルモン注射は?」
ずいぶんプライベートなことに踏み込む、これもベンチャー気質か。
「よく言われますが、してません。この長いまつげのせいですかね」
よく女に間違われるのにも慣れた。