Kaz Works

テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味があるらしい

何かと繋がりたい

 ひとは社会、思想、人など何かに繋がりたいと言う生き物である。たった一人で生きてゆくと言うことはありえない。人間関係がめんどくさくても、特定のもの、それは会社でもいい、繋がりたいと思うのは当然である。


 わたしはそれが人でなくても、絵であってもいいと思う。小説、曲など、なにかの芸術作品であれば。


 例えば全ての人から見放され、孤独になったとき、私は哲学の世界に逃げようと思う。誰からも攻撃されない世界に。

赤提灯にて喋りましょう

 男が居酒屋で一人酒を飲むためにはそれなりの作法があって、長く居座らない、オーダーの取り方など様々であるが、それらは人から教わるのではなく体験しながら体で覚えた方がいい。居酒屋にはなんとなくルールはあるが正解がないとも言える。まずはチェーン店に行くのが良かろう。カウンターがあるところがいい。座席に通されることもあるが、店としては集団客の方が利益率がいいため、歓迎されるべき客ではないのだ。テーブル席に誘導されたらビール一杯だけ飲んでとっとと帰る方が宜しい。ラーメン屋なんかは一人客の天国だ。一番手っ取り早い飲み方ができる。中には日本酒、焼酎を扱ってる店もある。どちらに体重が乗っているかは経験を積めばなんとなくわかってくる。ラーメン屋がいつの間にか居酒屋になってたってパターンもたまにある。

 兎に角、チェーン店やラーメン屋に行けばいい。私が贔屓にしている「風風ラーメン」なんかはカウンターしかなく、漫画も読み放題でいくらでも至っていい。つまみも唐揚げやゆでキャベツなんか揃えていて飽きることがない。日高屋餃子の王将バーミヤン、かぶらやなんかを体験したら個人経営の店なんかに行ってもイイかもしれない。おかみさんが一人でやりくりしてて(そんな店は大抵、生ビールでなくて瓶ビールだ)オススメを食べるのがよい。オーダーは相手のタイミングを見て、キャッシュレス決済なんかない。現金払いでレシートもない。たまに会計がめちゃくちゃだったりするがそれも愛嬌だ。おつりがない方が喜ばれるがまあ、なければないで良い(と、私は思ってるのだがどうなのかな?)

 池袋のふくろやはお世辞にも綺麗とは言い難いが渋いものが食べれる。とんそくなんかはネギがたっぷりでたまらない。もちろんモツ煮だって美味い。居酒屋でモツ煮と焼き鳥は鉄板だ。どの店をレベルが高い。

 焼き鳥屋というのはリーズナブルで美味い。2本からとかお作法があるのでそこは雰囲気を見て。塩かタレかそれとも部位によって

 大宮と川越にある「かしらや」はほっといたらいくらでも焼き鳥が出てくる。サービスだと思って食べ続けるととんでもない金額になってるから要注意だ。

 ビール、焼酎、日本酒など飲み方はそれぞれだがビール飲みであれば店を選ばないので楽といえば楽である。私はあの細長いカップに瓶ビールを注ぐ瞬間がすきである。おしぼりが冷えていて少し香りがするならなお良い。

 少し狭い店内で、となりの客とぶつかりそうで、路地裏にあり、おつまみがわんさかあり、ホッピーは白と黒(赤もあってイイかもしれない)、外人の愛想のない注文の取り方、理想的な居酒屋はそんなところだ。居心地良く飯もうまい。居心地がいいお店というのは、誰からもチラチラと見られることもなく大衆の一部に溶け込むようなそんな店だ。客がひとりでテレビもなく店員に監視されてるような店は緊張してしまう。

 時々、ワインとレバーが食べれるとこに行ってもイイかも知れない。敷居の低いバーと言うのもそれなりにある(まるで世界から隠れてそれは存在する)

 私が今、気になっているのはひとり焼肉である。焼肉ライクでもいいのだが個人経営で癖のある焼き肉屋に一人行くのはなかなかハードルが高い。カウンターが存在していればそこはオッケーだと

 メニューが油でベタベタなのはダメだ。ワクワクするようなメニューを、写真がなくったっていい、男体漬、

 なにかフックがあればいい。癖というのだろうか?完成されてない焼肉屋。洗練されてない。

それは自分のための表現

 自分のための表現というのはあるはずだ。魂の浄化である。もしかして自分の文章によって自分の心が救われるのかもしれない。書かねば、書くことによって心が救われるのかもしれない。心理カウンセラーは箱庭によって心を治療させる。箱庭とはLEGOブロックを想像すればいいかもしれない。家や庭を作る。自分の好きな人を集めてピクニックしたり、登山をする。あるいは擬似家族を作り出す。それによって自分自身と向き合うのだ。表現もそれに近いかも知れない。舞台、登場人物は自由自在だ。

 


 私は私だ。誰でもない、ただ唯一の私だ。同じ人間は一人としていない。日本に生まれ、埼玉に育ち、生き、働き、子供をもうけた。例え特徴なくとも妻にとっては唯一の夫であり、子供にとって唯一の父親である。離婚しない限りそれはゆるぎない。友人にとっても唯一の存在である。同じ時間を共有し、苦楽を共にした。懐かしい話を思い出して、盃を交わすのだ。それだけで十分であろう。

 

 

 

私は私なのだ。

息をして考え感じる、そのこと全てが真実である。いや、それしか真実はない。自分の中に真理があり、他者がそれを理解するのは不可能なのだ。理解させ共感させようとすることそのものが人間への冒涜である。曖昧模糊として相反する感情が入り混じり、憎み、愛し、訣別する。その矛盾こそが人間の本性だ。合理的に行動することはできない。例えできたとしても本能には逆らえない。


あるがままに生きる、例え血を流したとしても辛うじて人間であり続けるために。

本当のシンギュラリティとは

「本来のシンギュラリティとはAIが人間の能力を超えることではなく、人間とその他の違いが無くなることを指します」

「・・・と言いますと?」

神崎はやれやれと言った雰囲気でコーヒーを置いた。彼なりの議論を進めるためのテクニックなのだろう、10秒ほど間を開けた。コサカはそれに付き合う。待つことと耐えることには慣れている。戦地では2週間補給物資が届かないこともあるのだ。千葉浦安での内地戦ではなにも口にせずにマンションで待機したこともあった。もう三年前の話である。

「つまり、AIか人間かという二元論は意味を持たないと言うことです。どこまでがシステムでどこまでが人間かという境目は本来ないのです。我々はスマートデバイスを使ってると思っている。しかしスマートデバイスは我々を使ってると思う」

スマートデバイスが我々を使っている?」

「そうです。SNSで利用者がプライベート情報を差し出す、位置情報を、写真を、渡航歴を、性癖を。システムの命令によってね。集めたデータをもとにシステムはバージョンアップされ、再び利用者に享受されるという、サイクルが生まれます。我々はこれをエコシステムと呼んでいます。持続可能なシステムサービスを生態系になぞられて、そう表現しているのです。ちょうど肉食動物と草食動物が食う食われるの関係でありながら、お互いに生存できるバランスを保っているように」

「・・・」

「エコシステムのなかに真の勝者はいません。もちろん食う食われるの関係ではありますが、どちらが欠けてもどちらとも存在できないことを知ってるのです」

「つまりはWinWinの関係と?」

「・・・古い言葉を使いますね。さすが公務員様だ」

神崎は嘲笑するような蔑む目でコサカを見下した。サドっ気たっぷりに目を半月のように細める。

「失礼、間に触ったら謝ります。どうも誤解を生むような喋り方しかできなくてね。上司からも嫌われる性分で。他意はないのです。ただ事実だけを喋りたくて・・・」

悪い人ではないのだろう、本当に反省しているようにコサカにの目には写った。しかし人に好かれるタイプでは無さそうだ。

「ところであなたは、ホルモン注射は?」

ずいぶんプライベートなことに踏み込む、これもベンチャー気質か。

「よく言われますが、してません。この長いまつげのせいですかね」

よく女に間違われるのにも慣れた。

サイコプラス小説版

09_サイコプラスと緑色の関連性についての考察②

 

「行きなさいよ」

聞き覚えのある声はやはり、水の森ちゃんだった。後ろには東田とセンパイの姿も見える。ということは転校生との会話も全て聞いていたのだろうか。

 

「だって、二年間アメリカだよ?知らない場所の知らない人と知らないことをするなんて、オレにはできっこないよ。ゲームだってやりたい、学校だって、ようやくなじんできたのに」

「でも、行かないとあなたは後悔する。サイコプラスだってただのゲームだとは思ってなかったんでしょ?ゲームして、みんなで遊んでしゃべってマクドナルドに行って、そんな日々が永遠に続くって本当に思ってたの?」

 

立ち去る水の森ちゃん、残ったのは転校生と東田とセンパイ、そして呆然とするオレ。行きなさいよ行きなさいよというワードだけが頭のなかでリフレインして離れなかった。

 

 * * *

 

あれから二日間が経った。両親からサイコプラスのこと転校生のこと政府のお偉いさんから言われたことなどその他もろもろを説明された。休学届けを出せば高校を卒業することは可能らしい。黙秘義務があるとかで、わけのわからない書類に電子ハンコを押したけど、一体、何に同意して何を守ればいいのかはまったくわからなかった。ようやく理解したのは、メールやチャットでサイコプラスのことや隕石のことを記載してはならない、程度のことはぐらいだった。渡米は来月だそうだ。親と政府が勝手に決めたことでオレにはどうすることもできない。地球を救う、という途方もない責任にまるで実感が湧かないのだ。決められたことはしょうがないと思う。けどオレが今一番気にしているのは水の森ちゃんが言った『行きなさいよ』の一言だ。永遠とも思える二年間、その期間にオレがいなくても彼女は全然、大丈夫だということだ。冷徹な電子少女と言われていたが、だんだんと仲良くなったつもりだ。二人で遊ぶことはないけれど、みんなでゲームしたり、チャットしたり、時に学校から帰ることもあった。そんな日々をオレは宝物のように感じていたし、それは彼女も一緒だと思っていた。明日も明後日もずっとずーーーとこんな楽しい毎日が続くと思って疑わなかった。いや、正しくはそう思い込みたかったのかもしれない。みんな大人になり、就職して、もしかして結婚して、だんだん疎遠になる。スマートフォンの写真を眺めて『懐かしいな』と思い、この奇跡のような日々を遠い目をして思い出すのかもしれない。祭りは永遠に続かない。終わりが来るときがあるのだ。

 

 * * *

 

終わりが来るとして、二年間会えなくなるとして、それはしょうがないと思う。政府の決められたことだし、地球を救わなくてはそもそもが普通の生活を営むことができない。食べて寝て起きて、それらは地球上に住む人たちに平等に与えられた権利だ。オレが気にしていることは、水の森ちゃんの気持ちだ。オレがいなくても平気なのか。東田やセンパイそして元カレの**とゲームをしていれば、毎日が滞りなく進むものなのか。冷徹なサイボーグ少女はそこまで血が通ってないのか。友達だと思っていた、少なくともオレは。深夜の散歩「タヌキ山公園」もしかして今でもあの木の下で待ってたりしないだろうか。

 

 * * *

 

ダウンを取り出す、マスクと帽子と手袋をして、外は頬が切れるんじゃないかと思うぐらい痛かった。鼻がつんとする。吐く息は白い。間違いなく冬が訪れているのだ。走る、国道沿いを。誰と約束しているわけでもないのに、心が急げ急げと急かしてくる。これだけネットワークコミュニケーションの技術が進歩した世界で、「いま会える?」と送ればいいだけのような気がする。でもとにかくタヌキ山公園へ向かった。もしかして水の森ちゃんが待っているような気がして。

 

「実を言うとさ、最近は深夜の散歩をサボってたんだよね。もうゲームに対する嫌悪も機械に対する威圧感も感じなかったし」

いつもの抜け道を抜けて、例の木に彼女は座っていた。どうやらセンサーから避けることは辞めているらしい。センサーは彼女の顔を映し出し、オレは素直に美しいと感じた。フランス王家の気品ある王女、浮かび上がったキーワードはまさにそれだった。

「外は寒いし、家のなかはあったかいし、別に外に出る理由はないんだけど、それでも牛のポンチョをとりだして、おなかにはホッカイロ詰め込んで電子ヒーター付きのオーバーオールを取り出して、タヌキ山公園に行きたかったんだよね」

「なぜ」

「なぜかしらね、緑くん」

「オレは、水の森ちゃんと話をしたいと思って」

「そう、私もたぶんそうかもしれない」

「オレは二年間、ずっと会えないことについてどう思ってるのか、それを確かめたかったんだ。大切な二年間をずっと一人で生活するなんて、とてもじゃないけど耐えられない。水の森ちゃんが好きなんだ」

「・・・」

「水の森ちゃんはどう?オレがいなくても大丈夫?やっぱりただの友達ってこと?」

「そんなことないよ、私ってそんなに冷徹な少女じゃなかったみたい」

「だったら」

「でも、緑君は行くべきだと思う。この世界中に何人の人が生活していると思う?80億人という人々が恋をして人と会って生活を営んでいるはずだわ。いろいろな肌の人がいて、いろいろな価値観を持っていて、そして、そのほとんどが幸せになることを願っている。隕石がぶつかって地球がなくなって、その権利を奪うことはきっと許されないことなのよ」

「そうだね、そしてその80億人に水の森ちゃんと東田とセンパイも含まれるんだ」

「でしょ?だから緑君は行くべきなの。私の気持ちは置いておいてほしい」

「わかった。オレは2年間、アメリカへ行って、訓練して、そしてきっと地球を救う」

「きっと、じゃなくてそこは絶対って言ってほしいんだけど」

「ごめん」

「冗談、そういうところが緑君らしくて、好きよ」

「・・・」

「・・・」

「じゃあさ、2年後に日本に帰ってきたら、ゲームで勝負してくれない?オレが勝ったら君はオレの彼女になるというルールで」

「いいわよ、ゲームから離れたから、少しスキルは下がったけど。でも電脳少女の名は伊達じゃないわ」

「ジャンルは何がいい?格闘ゲームRPG?パズル?」

「そうねえ・・・」

水の森ちゃんはオレを見つめた。たぶん、真面目な話をするときのくせだろう

「サイコプラスなんてどう?」

 

 * * *

 

20**年、12月初旬、緑君の家には黒光りしたEV車が2台、完全自動型走行可能でプラベートジェット機にもなる中国産の高級車が止まっていた。たぶん政府関係のおえらいさんだと思う。昔は、完全自動走行する車が無かったのでハンドルという車を操作するユーザーインターフェースが必要だったみたい。音声認識もネットワーク通信もしないでどうやって目的地に着いたのか全く想像つかないけど、昔の人はもしかしたら記憶力が良かったのだろう。私は空港まで送ることを断った。東田くんとセンパイさんは緑くんのことを送っていくと言っていたけど、私はとてもじゃないけど冷静じゃいられないと思う。多分泣き出して「行かないで」なんて言ってしまうかも知れない。白状な女だとは思う。けど緑くんは私のことを理解してくれると信じてる。

 

 * * *

 

あれから二年の月日が経ってしまった。緑くんがいなくても日常というものは過ぎるもので、みんなでゲームをしたり、部活をしたり、勉強したりで目まぐるしく毎日が通り過ぎる。昔より明るくなったね、と友達には言われる。私自身は昔のまま自分に素直で、時々、他人から誤解されることはあるけれど、言いたいことは言いたいし、付き合いたくない人とは喋らない、そんなスタンスだ。もう学校を卒業する季節になってしまう。けど、緑くんの連絡は来ない。

 

 * * *

 

ある日のこと、毎日の退屈な授業を受けている時だった。外から見える太陽が目で確認できるほど早く動くのを確認した。もしかして私だけの錯覚かも、と目を疑ったけど、クラス中のみんながそれを確認した。昼と夜とが目まぐるしく入れ替わり、そして驚くべきことに冬から夏へと季節が進行した。その瞬間、私は気付いた。恐らく緑くんたちがその能力で地球の公転を加速させたのだ。隕石の衝突は回避できたんだと思う。それは私たちがこうして息をして、日常を過ごしていることで証明されるはずだ。マスコミはこぞってこの特異な現象を取り上げた。気象予報士も考古学者も地球シュミレーターの第一人者でさえ、今回の騒動を「原因不明」とした。地球公転速度変異現象と呼称されたこの一連の騒動は歴史の1ページに刻まれ、以降、変異以前、変異以降という言葉がよく使われるようになった。「変異以前世代」の私たちは当時のことを懐かしく、でもどこか他人事のように考えるようになっていた。

 

 * * *

 

白いTシャツ、ジーパンを取り出して夏の服に着替える。衣替えをしていないので、取り出せたのはそれぐらいだ。走る、外を。日が照りつける。あの時と同じように約束をしていないのに、気が付いたらタヌキ山公園へ向かって行った。緑君は黙秘義務だとかで一切の連絡を取れないと言っていた。何をやっていたのか、いつ帰るのか、誰と何をしてそして、ひょっとして誰かに恋していたり、そんなモヤモヤが心の中を占めていた。帰ったらきっと私たちは恋人になるんだと思う。けれど、それはあの日だけの口約束だった。あの約束を覚えているのは私だけで、ううん、そもそもあの約束をした記憶そのものが都合の良いように作り出された記憶なのかも知れない。そんな約束したっけ?冷たい顔でそんなことを言われたら、と思うとゾッとする。でも今は走る、必ず、緑君は、あの場所にいるはず。そう信じて。

 

 * * *

 

夏が突然訪れたことで、蝉たちが慌てて鳴きだしている。生態系には影響がないのだろうか?不思議と世界は日常を謳歌している。季節が飛び越えても柔軟に対応できるほどの力強さを生命は持ち合わせているということかも知れない。まるで、このような現象が起きることを予期していたかのように、鳥が虫が全ての生命が順応していた。この地球が誕生したその時から、約束された未来、地球の公転速度が早まる現象。パニックになっているのは人間ぐらいのものだ。経済は季節によって回る。夏物の服が足りない、暖房器具の売り上げが伸びない、予定していた冬季オリンピックの中止、でもそれらもいづれ「そんなことあったね」と笑って話す日が来るのだろう。

 

 * * *

 

着いた。タヌキ山公園に。鼓動が高まる。心臓の音が周りの人に聞こえてるんじゃないかと思うぐらいドクドクと早まる。居て欲しい、いつものあの「センサーを回避する」ためのあの木の下に。「ただいま」なんてあの時の笑顔で。英語がうまくなっているかも知れない。そうしたら私も勉強しなくっちゃ。喋れなくてもどうでも良いのだけれど、でも好きな人とはなるべく対等でいたい。同じ景色を見ていたいから。緑君と恋人になってから、やりたいことリストは100を超えた。映画を見たい、料理を作ってあげたい、クリスマスぐらいみんなと同じように過ごしてみたい、こんな普通の女の子のような欲望が自分自身に存在しているのがびっくりだ。私も普通の感覚があるってことか。

 

約束の木の下は誰かが座っていた。髪の黒いすらっとした男性だった。まるでサラリーマンのような知的な印象を受ける。なんだ、緑君じゃなかったのか。昼間はこの公園もカップルや家族で賑わっている。誰かが座っていてもおかしくはないのだ。少しだけ彼を待ってみよう。約束をしていない、けれど、彼はきっとここに来るのだ。そんな気がする。雪乃は思い込みが激しいから、と友人には言われる。たしかにそれは否めない。妄想癖が強く、決めつけが多い、人の意見を聞かない、思い込んだら何処までも突き進んでしまう。そこが私のダメなところだ。でも、それが私らしいとも言える。

 

「あの・・・」

さっきのサラリーマンが話しかけて来た。まさか。

「久しぶりだね。緑色の髪は無くなったんだ。特殊能力と共に。きっとオレたちの能力はあの時、あの瞬間のためだけに存在したんだ。DNAだけがそのことを記憶していた」

私はきっとこの瞬間をいつまでもいつまでも覚えているだろう。夏の日、いつものタヌキ山公園、そして大好きな緑くん。もう少し心が高ぶっていたらきっと泣き出していたと思う。

「普通の人のようにもう、緑色の瞳じゃないし、緑色の髪じゃない。変かな?」

「ううん・・・変じゃないよ」

 

END

最後の新子安事務所

「これとこれが退職届、あとはまあ厚生年金その他もろもろ、ネット見れば色々書いてあるから、こんなご時世だから送別会とかはないけど、みんな宜しく言ってたから」

「はあ・・・」

「しかしなんだね、一時は課長までのぼりつめたそうじゃない。立派なものよ、あなた。ただ社内政治に負けて現場戻り、管理しかやってなかった中年にリーダーが務まるわけもなくあっけなく窓際族。まあ、いいんじゃない?いっときは夢も見れたでしょう。銀座の寿司やら、六本木のワインやら、経費使って部下をおもちゃにして。相当嫌われてたらしいね。社内でも有名よ?ブレイカーって言って、社員がじゃんじゃん潰れちゃう」

「・・・」

「ほら、そのだんまり。困ったら1時間でも2時間でも黙っちゃう。それがあなたの処世術だったのかしらね。ハートはたいしたものよ。面倒臭いしごとは全部、幹部社員に丸投げされ、現場にも当たり散らされ、まさに四面楚歌。社内に味方は一人も居ない、たった一人で古今奮闘、あたしならとっくに鬱になっちゃうわね。

サイコプラス(小説版)

09_サイコプラスと緑色の関連性についての考察①

あの日、あの時、あの場所で水の森ちゃんと出会ってからすでに半年以上が経過したと思う。サイコプラスと出会い、いくつかの奇妙な出来事を経験して、オレはずいぶんと図太くなった。まるで人生の大半がこの半年間に凝縮されたような錯覚すら覚える。人はそれを成長と呼ぶのだろうか、17歳のオレはまだそのことが良くわからない。大人になってウィスキー片手に「あの頃は若かった」なんて安いドラマのようなセリフを口にする時が、あるいは来るのかもしれない。そんな想像をしてみたが、想いは形とならず消えていった。

「起立、礼、着席ーーーーーー」

「お、おい綿貫緑丸、先生に礼ぐらいしろよ」

「最近は先生に礼すらしなくなったわ、ガハハハハー」

東田とセンパイに何言われてもどうでも良くなってきた。最近じゃ緑色の髪の毛のことを指摘されても、あっそう、程度の感想しか持てない。それはサイコプラスとの経験かもしれないし、もしかして水の森ちゃんのおかげかもしれない。緑色を素敵だと言ってくれた少し変わった女の子。一途で一生懸命で他人から誤解されることは多いけれども、オレは悪い人じゃないと思っている。間違っているのは彼女じゃなくて、世間のほうだ。コンピュータが嫌いで男嫌いなのは決して彼女のせいではないのだ。そう仕向けた社会や世間が彼女を彼女たらしめたのかもしれない、オレはそう思っている。オレだってそうだ。内向的でうじうじしてはっきりしたことを言うことができない。緑色を受け入れない社会を作ったのはオレではなく大人達だ。父さんや母さんを恨むことはしないがかと言って彼らのように生きてみたいとは思えなかった。でも、それも親不孝なことなんだろうな、どうやったら好きになれるんだろう?ふとそんなことを考える。

「今日は転校生を紹介するぞ」

「ひーほー、私、死語使いの高屋敷朱未(たかやしきしゅみ)舐めんなよ宜しく哀愁」

「ははは、なんだそれ」

教室中が爆笑の渦で埋め尽くされた。派手な髪型、パンクファッションを思わせる革ジャン、まるで90年代と2000年代をミックスしたような出立ち、音楽番組で見かけたなんとかっていうミュージシャンを連想させた。キワドイ発言、流行と離れた価値観、陽キャでも陰キャでもない、私は私でカテゴライズされたくないの。去年に発売された配信されたタイトルでは少年少女達の悩みを代弁していると、新聞やニュースで取り扱われた。

「とりあえず、転校生の席は・・・そうだな、綿貫緑丸の席の隣にでも座っておけ。正式な席はおいおい決めるとしよう」

なぜ、オレの隣に?

「はじめまして、綿貫緑丸くん。この学校はいい学校ね。一目で気に入ったわ」

「気に入った、ってどんなところが?」

「そうねえ、大きくて人が多くて奇抜なファッションの人がいるし。ほら、あたしこんな格好でしょ?田舎だと目立つけど、ここじゃ逆に地味なくらいだわ」

「そんなことないよ、なんというか実に・・・

「実に?」

「えーと、なんだろう、ユニークだね」

「ははは、はじめてだよ、そんな表現したひとは」

なんか、緊張するな。女性と話すのは。最後に女の人と話したのは母親か水の森ちゃんだと思う。

「あなたはなぜ緑色の髪の毛をしているの?ふぁっしょん?それともなにかの主義主張かしら?知ってる?80年代って髪の毛をツンツンにして、体制への反抗だって意思を表明してたのよ。面白いよね」

「オレはそんな主義とか主張なんかなくて、もともとなんだ。突然変異のミュータントで世界に何人もいないらしいよ」

何回も聞かれる質問、コピーペーストの返答、こういうのは感情を殺して答える方がいいのは今までの経験則で知っている。みんな悪気はないのだ。そう誰も。

「へー、なんというかその・・・」

「その?」

「ユニークね、とても」

「ははは、よく言われるよ」

学校のチャイムが授業の終わりを告げる。二限目はたしか、大型教室での授業だから移動しなきゃだ。東田とセンパイを誘って移動する。

 

 * * *

 

誰もいない教室、次の授業のために移動したのだろう。転校生がポツリ、一人で何かを見ている。どうやら綿貫緑丸のかばんのようだ。右手を上げる少女、さながらオーケストラの司会者のようにゆっくりと、しかしそれはハッキリとした意思を感じる。ふと、綿貫緑丸の鞄が開く。誰も開けていないのに?さらに特異な現象は続く。鞄から何かが飛び出したのだ。そう、サイコプラスを搭載したモバイルデバイスTouchだ。物理法則を無視して、まるで風船のようにふわふわと浮かび上がる。まるでモバイルデバイスTouchは重力の存在を忘れたかのように天井近くまで浮かび上がり、そして、『消えた』

「バイバイ、サイコプラス」

少女は何も無かったかのように次の授業へと向かう。

「朱未ちゃん、次の教室はL教室よ」

「わかったー」

 

 * * *

 

「ない、ない、なーーーーい」

教室中に聞こえるほどの叫び声、周りに注目されるのは嫌いなのに思わず叫んでしまった

「どうした?緑丸?財布か?スマートフォンか?それともエロ本でもなくしたか?」

「そんなの持ってるわけないだろ!オレはデジタル派だ・・・ってそんな話はどうでもいいだろ。違うんだ、ゲーム機がないんだよ、オレの鞄にしまってたはずなのに」

「ってことはサイコプラスも」

「当然、ないよ。サイコプラスはオレしか操作できないからアレが無くなって悪用する奴はいないけど」

ポケットにも机にもロッカーにもない。授業中はゲーム機を持ち歩くことは禁止されているから当然、鞄の中にしまっている。ということは誰かに盗まれた?そんな高級なものじゃないから狙われることは考えにくいんだけど。

「どうしたの?」

転校生から話しかけられる。たしか名前は高屋敷朱未。

「な、なんでもないよ。なくしもの」

サイコプラスのことを知っているのは水の森ちゃんと東田とセンパイだけだ。あの能力はなんとなく『隠した方がいい』気がする。これは水の森ちゃんも同じ考えだ。

「ふーーーん、無くし物ってもしかしてこれだったりして」

彼女が取り出したのは見覚えのあるデバイス、そう、見覚えのあるそれはオレのTouchとサイコプラスだった。

 

 * * *

 

「なぜ、君がオレのゲーム機を持っているの」

「なぜって、鞄から盗んだからよ」

「あっさり言うね。でもとにかく返してくれよ。人のものを取るなんて良くないと思うよ」

「それは同感、窃盗、殺人、詐欺は全て人間が生み出した忌むべき存在ね。知ってる?農耕民族になったころから貧富の差というものはできたのよ。つまり持つものと持たざる者が誕生した瞬間ね。以来、階級が生まれ、利権が生まれ、貧富の差というものが生まれた、それらは拡大しつつある。このサイコプラスを盗んだことは謝るわ。どうしてもあなたと二人きりで話したかったの」

「話ってなに?屋上に呼び出して、誰かに聞かれちゃまずい話?」

「秘密って面白いよね」

「なんだよ、唐突に」

「隠そうとするから他人は気になる。他人から気にされると隠したくなる。秘密にしなければならないものなんて、そもそもなかったのかもしれない。他人から見れば、なんだそんなことか、ということでも本人にとっては秘密にしたくなる。でも、サイコプラスのことは秘密にして正解だったかもね」

「なぜ、サイコプラスの事を?」

「プログラム型超高度能力トレーニングシステム、それがサイコプラスの正式名称よ。あなただってただのゲームだとは思って無かったでしょう?政府直属の特別機関『特殊能力育成庁』による秘密裏に開発されたプログラム、当時、安価で高機能デバイスだったTouchに対応し、政府により管理されていた。それなのに裏マーケットに出回るというトラブルが発生、私は調査員に任命されたというわけ。マーケットに流れた理由は不明。内部の犯行から単なる事故まで考えられる原因は100以上。そしてサイコプラスの奪還は一つのミッション、私に与えられたもう一つのミッションは」

「もう一つのミッション?」

「綿貫緑丸、あなたに接触することよ。サイコプラスは緑色の特殊能力者を引き寄せる力がある。裏マーケットのサイコプラスを追っていけばおのずと能力者にも接近できるというのが私のリーダーの推測。初めは疑心暗鬼だったけど、このように接触することができた」

話が急展開でついていけない。特殊能力育成庁?ミッション?サイコプラスの引き寄せる力?この子は一体何を言っているんだ。

「サイコプラスが特別なゲームだということはわかったよ。でもオレを探してどうするつもりなの?研究機関に閉じ込めてハムスターのように扱うつもり?」

「君って意外と想像力豊かなんだね。そんなSFみたいなことしないわよ。ところでさ、人間の手ってなんであるんだと思う?」

「そりゃ、道具を使うためさ。火を扱ったり、ナイフを扱ったり、手がなければ人は生きていくことができないよ」

「ピンポーン、大正解。人の能力というものは基本的に生きるため、子孫を残すために備わっているわ。息を吸うことも、物を食べることも、恋をすることも、生き抜きそして種を未来に繋げるために存在する。その全てが合わさることで驚異から身を守ることができる。そしてサイコプラスはその人間が本来持ってる能力を最大限に引き出すプログラムシステムなのよ。植物と調和することも、運をコントロールすることも、精神を肉体から解き放つことも本来、動物が持つ能力だったの。社会という物が作られてから、いつの間にか失われてしまった能力なのよ」

彼女はそう語り、オレから少し遠ざかる。右手と左手を均一に広げて、さながら天使の羽のようだ。そこでふわりと浮かび上がる。後ろにピアノ線でも繋いでいるのだろうか?目を凝らしてみたが、それは認められなかった。重力から解き離れた彼女は、綿貫緑丸の3メートルほど上空に位置した。ちょうどバスケットボールのゴールほどの位置だ。

「人間の能力が驚異から逃れるためのものだとして、私のこの能力は一体なんのために存在するの?いったい何が私たちを襲うのかしら」

科学力が向上し、外的から身を守るすべを手にした近代の人類が驚異とするもの、それはライオンや恐竜じゃないと思う。だとすれば天変地異などの災害じゃないだろうか?何年も前に起こった大震災は日本の10分の1の人口の命を奪った。人類が滅亡するとしたら、恐竜のように、宇宙からくる厄災ではないだろうか。

「ピンポーン、その通り、私たちの驚異はスペースハザード、つまり宇宙からの災害よ」

「って、何も言ってないのになぜ?もしかして君は・・・」

「そう、人が考えることを読み取ることができる。我々の組織に入れば誰でもできる初歩的な能力よ」

「高屋敷朱未、遅いぞ、もうすでに予定の1時間が経過している」

突然、彼女の後ろに高身長の男が現れる。驚いたことに彼女と同じ位置に立っている。すなわちそれは彼女と同様の能力を保持していることを意味する。つまりこいつも「能力者」ということだ。彼女と同様に緑色の髪と緑色の瞳を持っている。

「違うよ、こいつがてんで感の悪い奴でさー。ようやく私たちのことを説明出来たってわけさ」

「ワレワレはジカンがあまりありません。Time is money.タカヤシキシュミさん、いい加減学生気分から抜けてもらわないと困りますネ」

更に別の「能力者」が現れる。どうやら外人のようだ。高い鼻が印象的で青年実業家を連想させた。

「そーそー僕なんか小学生だけど、もっと器用にできると思うけど。テレパス、未来予想、テレポート、時空転移、もうNo226のスコアを超えちゃったけど?」

お次は小学生か。見た目は子供、中身は大人でお馴染みの何処かの小学生探偵のように赤い蝶ネクタイをいっぱしに身につけている。

「タカサシキさーーーん。

次はアジア系の美少女だ。薄いストールと長い髪の毛、フェアリーを連想させるほどの妖艶さをかね揃えている。位置関係により、スカートが見えそうで気になるが

「信じられない、オレと同じように緑色の人種がこんなに存在するなんて。ネットでいくら調べても緑色の情報なんて得られなかったのに」

「あんたバカねえ。そんなの政府に情報統制しているに決まっているじゃない。私達が驚異とするのは10年後に到来すると言われている隕石の衝突。スーパコンピュータが弾き出した隕石がしょうとつする確率は99.99%

「つまり、ほぼ100%ってこと?」

「そういうことになるわね。この事実を知っているのは国連や主要国の政府関係者のみ。こんなことがマスコミにリークされれば途端に世界はパニックになるわ。ネット上に緑色の情報が消されたのはそういう背景があるから。私達の組織は検索エンジンすら管理できる強力な権限を持っているのよ」

通りで緑色の情報が手に入らないと思った。

「あなたには私達と一緒にアメリカへ行って、2年間のトレーニングを受けてもらうわ。緑色の能力を持ち合わせているとはいえ、あなたの能力はまだまだ小さなもの。RPGで言えば最初のボスにも満たないわ。

「そんなの両親に説明できないよ」

「あはん、大丈夫。ご両親にはとっくに説明済み。移転届やパスポートの手配もやっていただいたわ。あとは現地で使う医療やスマートフォンの契約ぐらいかしら。流石に個人のスマートフォンを持ってないと日本とのやりとりが大変でしょうし。スマートフォンデビュー良かったじゃない」

 

「行きなさいよ」

声の主は水の森ちゃんだった。