恋愛は脳が生み出したバグであるなら、セックスによって生まれた我々人類そのものがバグの産物であり、バグにより世界は生まれたと言える。
にゃるらは深夜によくTwitter を起動する、コミュニケーションタイムと称するその時間は、フォロワー達の唯一、と言っていいだろう、安心する時間であった。フォロワー数21911という数字は地上波に出始めた地下アイドルの数よりは少なく、売れない漫画家よりは多いと言う数字だ。
「世界と繋がりすぎたか」
にゃるらはふぅ・・・と深いため息をついてハイレゾ出力のイアホンを抜いた。12時間ぶっ続けでネットと接続したあとは頭の中に薄い霧が見え隠れしてうまく思考することができないみたいだ。芝居掛かったそのセリフも独り言というよりぼくに投げかけたものなのかもしれない。
「ひとは誰かと繋がるために生まれたのは否定できないが、それがオフラインである必要はないよね。時間と物理的な距離を超えてアクセスできるネットワークは人類の最も賞賛すべき産物だよ。そうは思わないかい?」
「それエヴァのモノマネ?普通に話してくんないと反応しにくいんだけど。」
男の性欲と無職特有の排他的な匂いで充満した12畳の部屋に入ると大抵の人は一瞬躊躇する。しかし一度その快楽に溺れると抜けだせないのがこの部屋の特徴だ。オタクの夢がここに詰まっている。収入なしでゲームやアニメのコンテンツを半永久的に摂取できる部屋、それがこのシェアハウスの性質だった。
「部室が作りたいんです」
にゃるらはいつだったかそう説明してくれた。シェアハウスを作った時の話だ。親しい人に敬語でしゃべるときはいつだって真面目な内容だ。相手からトークのマウントを取るための彼なりのテクニックなのかもしれない。
「高校の時の部活はエロゲーや漫画、ゲームなんでもあってお互いに共有できた。探さなくても永遠にコンテンツが集まるなんてオタクの夢だよね。」
恋愛を否定することで僕たちはかろうじてプライドを保っていた。泡パーティで浮かれている輩、学生時代に手を繋いで下校していたカップル、子供が出来たとLINEで報告してくる知人など、それらを丁寧に否定することはもはや僕たちのライフワークとなっていた。小さい頃に女性に酷い仕打ちを受けたにゃるらはまともに恋愛することが出来なくなった。まつげが長く端正な顔立ちをしているのに女性と付き合ったことがないのはそのためだ。以来、幼い少女を異常に愛するようになる。
長く美容院に言ってないのだろう、少しグラデーションになった長い髪を触ってみた。ぼくの好きなにゃるらの髪だ。
「やめてよ気持ち悪い」
いつも彼はそうやって拒絶する。
「ふふふ、冗談だよ」
何の冗談なのかはわからないが、僕はたまにどうしようもなく意味のないことをしたくなる。ただそれだけのこと。